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2022.09.16 授業紹介

【授業紹介】「国内フィールドワーク(実践)」紀行文

「国内フィールドワーク(実践)」の3年ぶりの実地研修が行われました。(前回の記事はコチラ)

研修旅行中の1コマを学生たちが紀行文として切り取ってみました。

東大寺(奈良)

言語芸術学科 2年生 W・Hさん

 いったいこの研修の中で「教科書で見たところだ」というフレーズを何回言ったことだろうか。

 8月30日。灰色の雲が去り、呼んでもいないのに太陽が顔を出して空も地上も牛耳っていた。吹き出す汗、水を考えなしに飲む。そのせいで水筒は軽くなり、120円が自販機に吸い込まれた。酷暑の中、あらゆるところを我が物顔で歩き回る鹿の傍を通りながら、我々は東大寺へと歩みを進めた。全身毛だらけで熱くないのだろうか、と神の使いに対してやや邪な考えを抱いてしまったが、案外間違いでもないようで、日陰で座り込み微動だにしないものが数匹いた。

 とにもかくにも東大寺にたどり着く。チケットを切ってもらい、入場した瞬間、私は言葉を失った。まずはその大きさに驚く。再建されているとはいえ、奈良時代という想像もつかないような大昔に、このような巨大建造物が作れたのかと感動し、しばらくその景色を眺めていた。

 大仏殿までの道はそこそこあったのだが、目的地に近づくにつれて緊張に似た感情がこみ上げてきた。宗教的に神聖な場所だからか、それとも旅の高揚感か。その場ではそう思っていたが、今考えるとその感覚は「テレビで見る有名人に会う」ようなものだった。この表現が不遜だというのは重々承知だ。だが、私の中で東大寺は教科書やテレビで見るようなもので、何というか違う世界のもののような気がしていたのだ。実際にこの目で見て、本当にこの世にある建物だった、私と同じ空間に存在しているものだったと知った衝撃が私に興奮をもたらしていたのだろう。

 それは一日目からずっとそうで、様々な展示や建物を見て、習ったものが実在すると驚き気分が高揚していた。法隆寺、聖徳太子の肖像、玉虫厨子、奈良の鹿、春日大社、大仏…。それを見るたびに私は、目を見開いて少し大きな声で言っていた。「教科書でみたところだ」と。

 いつか見た 写真の中の 古き奈良 いざ目の前に 言の葉も出ぬ

千利休ゆかりの地(大阪)

言語芸術学科 2年生 T・Rさん

 「しとしとと降る」と表現すれば文学的で、脳裏に浮かぶ情景も美しい小雨。しかし今は夏真っ盛り。小雨と言えども雨なんて降った日には最後。身も心も蒸されてしまい、気分は沈む一方である。

 そんなどんよりとした朝を迎えた昨日とは打って変わって、今朝はカラリとした晴天に恵まれた。今日の目玉はなんと言っても茶の湯体験。これは普通に生活している中ではなかなか体験できない文化だ。

 厳かな雰囲気のある茶室で、お点前を披露される先生の一挙手一投足をじっと見つめる。誰もが息を飲み、静寂に包まれた。それが不思議と心地良い。その静寂ゆえに、釜から茶碗へ湯を汲む水音や柄杓を置く幽かな音でさえもしっかりと耳に届く。普段の生活の中では気にも留めない、簡単に鳴っては消えてゆくような音が美しく感じられ、まるで波紋のようにじんわりと心に響き渡った。

 茶道はお茶を点てお客様をもてなすという行為そのものだけでなく、静寂も含めたこの世に存在する全ての音に耳を傾け、美しさを感じることを大切にされている文化でもあるのかもしれない。

 それを思うと、憂鬱な真夏の雨にも地面を叩く音や傘を打つ音、軒先から滴る音など様々な音があるのだろうと気づき、静かに耳を傾けてみたくなった。

 一生涯 数多の音を 耳に入れど その美しさに 気づくは難し

写真:4年生 Y・Nさん

奈良公園

言語芸術学科 3年生 T・Eさん

 フィールドワーク2日目。私は奈良に来る前から体験すると決めていたことがある。それは鹿に鹿せんべいをあげることだ。新品のズボンに泥はねして気分が沈んでいた矢先に降っていた雨も止んで、少しウキウキした気持ちで鹿せんべいを買いに行く。しかし、この感情は直ぐに消え去った。鹿せんべいを買った途端に鹿が群がってくるのだ。追われる怖さとはまさにこの事だと思った。班の皆で逃げ回り、その様子はまるで「逃走中」だった。鹿せんべいをあげるだけでこんなに汗をかくとは想像もしていなかったが、運動不足の私にはいい運動になった。鹿に鹿せんべいを全てあげ終わり、東大寺へ向かう。しかし、「逃走中」は終わっていなかったのだ。鹿せんべいの匂いが残っていたのか一頭の鹿が私の後ろをついてくる。最終的には東大寺の前まで後ろにいた。少し恐怖を覚えながらも東大寺を見学し同じ道を戻るとそこに例の鹿がいた。「覚えているかな」と無駄な期待をしつつ近づくと案の定覚えておらず興味も示してくれなかった。鹿せんべいを持っていない人間には興味がない奈良の鹿。「可愛い〜」と言っていた数時間前の自分を蹴り飛ばしたい。鹿は見るだけで十分だと思ってしまった。最後に「鹿が夢に出てきませんように」とお願いして就寝する。でも、後半は楽しんでいた自分もいた。

 鹿(鬼)ごっこ 必死に逃げる 私たち