( 62 Years of History )
( 62 Years of History )
福岡女学院大学短期大学部
1964-2026 メモリアルサイト
Message
2026年、福岡女学院大学短期大学部は、
静かにその歴史を閉じることになりました。
1964年から62年間続いた学びの営みは
ここで一区切りを迎えますが、
育まれた精神や価値観が
失われることはありません。
その積み重ねは、卒業生の人生の中に、
福岡女学院の教育の中に、
そして社会のさまざまな場において、
これからも受け継がれていきます。
「つながり」を大切にしながら、聖句とともに。
わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。
人がわたしにつながっており、
わたしもその人につながっていれば、
その人は豊かに実を結ぶ。
わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。
(ヨハネによる福音書15章5節)
旧校舎(1974年撮影)
新校舎(2025年撮影)
短大のあゆみ History
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前史
1885年、宣教師ジェニー・ギールによってキリスト教を基盤とする英和女学校(後の福岡女学院)が創設されました。キリスト教教育とともに質の高い女子教育を目指し、1928年には「家庭婦人」として必要な実習を目的とした修業年限1か年の専修科が設置されました。1945年に戦時教育体制のあおりをうけ、専修科は募集を中止しましたが、翌1946年に専攻科に改称して復活しました。1963年に専攻科は廃止され、翌1964年に福岡女学院短期大学が設立されました。
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1960年代
1964年、曰佐校地に福岡女学院短期大学が開学(英語科・家政科各定員80名)しました。2年間という短い学生生活を充実したものとするべく、開学初年度から、修養会、ハイキングやクラスマッチなどの行事が行われ、その2年後には第1回文化祭(のちの短大祭、葡萄祭)が開催されました。1966年には第1回卒業式が執り行われましたが、学生がこの時着用したガウンとキャップは、卒業生に大切に引き継がれていきました。
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1970年代
女性の高等教育への進学率上昇を背景に、2度にわたり入学定員を増員しました。1975年に改正された入学定員は、英語科300名・家政科180名でした。また、この時期、春期および秋期のキリスト教強調週間の開催、英語科で第1回グレープカップコンテストが行われるなど、福岡女学院らしい行事が充実していきました。
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1980年代
女子の国文科に対する需要が高いことから、1985年に国文科が増設されました。こうした学科の充実と学生の増加を背景に、校舎の増築や図書館の新設など、施設の整備がなされました。また、厚生施設(ハウイ記念館)の新設などもなされ、充実した学生生活を支えるための環境整備が図られました。
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1990年代
1993年、家庭や家族といった狭い範囲の概念にとらわれがちであるという理由から、家政科は生活学科へと名称変更がなされました。しかし18歳人口の減少にともない、1996年にはそれまで計650名であった定員を計480名に減じ、1999年には、国文科と生活学科の学生募集を停止し、英語科のみから成る短期大学部へと改組されました。
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2000年代
開学以来行われてきた福岡女学院らしさの追求が引き続き行われました。建学の理念を教育内容によって具現化する試みとしての教養科目「平和学」、相手を大切に思う「こころ」を学ぶ教養科目「小笠原流礼法」などが開設されました。
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2010年代
2012年には、学生たちの自由な知的関心を支えるための環境を整備するために、アカデミック・インテンシブコース、エアライン・ツーリズムコース、メディアイングリッシュコースが設置されました(その後コース改編)。2014年には、開学50周年を迎え、短期大学開学50周年記念行事が行われました。
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2020年代
2024年度に、新たな学びのスタイルとして、キャンパスでの学びに加え、オンライン授業と対面授業とを組み合わせて受講できるハイブリッド・ラーニング・コースが開設されました。しかし、少子化や社会ニーズの多様化により、多くの女子大学や短期大学が相次いで閉校するなか、2023年12月に短期大学部の2025年度以降の学生募集を停止することが理事会により決定されました。2026年3月12日、開学以来61回目となる卒業式が挙行され、62年の歴史に幕を下ろしました。
2026年3月12日 最後の卒業式
神の愛のたまもの
院長 柿薗ヤエ
十年前、福岡女学院は大きな夢を抱いて、ここ曰佐原に土地を得た。原野を開いて先ず幼稚園が建てられてすでに八年、よき成長をなし人生の土台となる大事な幼児期、保育の使命はいよいよ大きい。次に高、中、学校の新校舎建築、移転を終え美しい自然と近代建築、完備した施設の中で過すこと四年半、福岡女学院の教育はここにいよいよ深く根をおろし花を咲かせ実を結んで来た。
しかし学院のもう一つの大きな夢は十余年に渡って決してきえなかった。学院の中に卒業生の間に生徒の父母の間に、又世の数多くの人の中に語られ祈りとなり期待となり実現の骨折りとなって育っていった。即ち短期大学の開設である。願いにまさるこの建物、設備、教師をもって英語科と家政科を同時に愈々この四月から発足出来たことは全く驚くべきことである。これは決して人間の力だけでなし得たことでない。福岡女学院の中心に神がいまして導き助け給うのでなければ今日はない。言葉につくせない大きな感謝である。困難がないわけではない。特に短大設備にはミッションの援助なく日本人の手でなされなければならなかった。幾多の困難が過去に於ても現在も又将来にもある。然し多くの人の心に福岡女学院を愛する恵を与えて居給う神は、その困難にも打ち勝つ力を与え、進む道を教え給う。
福岡女学院は、何と神に愛せられ、又多くの人に愛せられていることであろう。あちらにもこちらにもその愛の祈りが聞かれ、愛の助言を見る。
短大に入学の若いみなさんも、教え、働く私共もこの大きな愛にこたえようではありませんか。そして私共も又神が独子を賜う程に私を愛し給うその深い愛を理解し家族を、隣人を、日本を、世界を愛する愛に生きようではありませんか。
『時報』(1964年4号)
学長のことば
学長 平岩馨邦
新しいものを造り出すのには常に大きな困難の伴うことは申すまでもない。いまそれらを乗り越えて福岡女学院短期大学が誕生し、ここに第一回の入学志望者を迎えるに至ったことは、関係者一同と共に喜びに耐えないことである。
短大開設委員会に於いてその責任者たるべく指名をうけた私の先ず考えたことは、内容の充実、すなわち基督教主義学校にふさわしい人材の招聘と、新時代の要求に適う設備であった。さいわい委員会その他よりご推薦の優秀な教授陣の方方とは、ほとんど全部ご承諾を得る前に私がご懇談申し上げることができ、学校の性格を充分了解して頂けたのは喜びであった。福岡女学院が数十年にわたって基督教による教養を身につけた女性を多数送り出し、世を明るくしている功績が認められている為、福岡財界からも多額のご喜捨を頂き、設備を整えるのに努める事のできたのも感謝である。
私がこの際心から願っているのは、先生も学生もよく話し合って全く融和した和ごやかな学園をつくり上げる事である。首脳者として独善や専断に陥いるのを自ら戒めると共に同僚の方方には謙虚な気持をもって協力して頂くつもりである。
新たに入学される皆さんは、特に最初の学生であることを心に深く刻みこんで、私たちと共に新しい学風をつくるあげる意気込みで来て頂きたい。どの学園の歴史を繙いても初代の学生がそこの学風建設に大きな役割を果していることを知らされるのである。
私は学生の皆さんの個性を重んじると共に多数の一致した意向も尊重したいと思う。大学生である以上それに相応する自由は充分認めたいと思うけれど、同時に皆さんにも学園の規律を守り、秩序は充分保って頂きたいと願う次第である。
以上をもって、この大学を始め、新しく学生を迎えるに当っての私のことばとします。
2025年度 短期大学部卒業式 院長告示
院長 守山惠子
福岡女学院大学短期大学部を卒業するみなさん、ご卒業おめでとうございます。ご家族と関係者のみなさまにもお祝いを申し上げます。
学生たちの門出を祝うためにお越しくださいました来賓のみなさまにお礼を申し上げます。ありがとうございます。
卒業生のみなさんは、福岡女学院大学短期大学部での学生生活を振り返った時に、どんなことをまず思い出すでしょう。2年はあっという間だったと思いますが、その間にもたくさんの素敵なこと、嬉しいことがあっただろうと思います。そしてその思い出はこれからのみなさんを支えてくれるに違いありません。
福岡女学院は昨年創立140年を祝いました。そして、福岡女学院短期大学部は60周年を祝いました。
1964年に開学した当時、短期大学には、英語科と家政科がおかれました。そのころ一般的であった英文科ではなく、英語科としたことには、「伝統的な英文学に重点をおいた英語教育から、それをも重視しながら、全体として英語学に力点を置く考え方をとった。」と説明されており、今の英語科に続いています。
短大の学則を見てみましょう。読んだことがありますか。第1章に目的が書かれています。「本学は、イエス・キリストに基づく福岡女学院創立の精神にのっとり、神を畏れ、奉仕に生きるよき社会人を育成するために、教育基本法及び学校教育法に従って女子の専門教育を行ない、高い教養と実際的な専門知識を授けることを目的とする。」
みなさんの学びは、イエス・キリストに基づく創立の精神にのっとった学びでした。
そして、みなさんは、この学びを通して、「高い教養と実際的な専門知識を」身につけました。入学当時の自分と比べて、あんなこと、こんなことを学び、身につけて今の私がここにいると言えることがあるはずです。自分自身の考え方にも変化を感じることがあるかもしれません。2年間の成長をどうぞ自分自身で確認してください。その成長は、ご家族はもちろんのこと、友人、教職員、周囲の人々の支えがあってこそですね。さらに、成長しようとする一人一人に神様が目を留め、寄り添い、支えてくださいました。
卒業後、学びを続ける皆さんは、短大での学びを土台として、さらに高い教養と専門知識を身につけるべく、歩んでください。社会人となるみなさんは、どうぞ、「神を畏れ、奉仕に生きる社会人」として、羽ばたいてください。
自分が望んでいた進路、職場が与えられた方もいれば、考えていたのと少し違うと不安に思っている方もいるかもしれません。望んでいた進路、職場であっても、戸惑うこともあるでしょう。逆に、今不安を抱えている人は、むしろ、その不安が一つずつ解消される経験ができるかもしれません。
みなさんのこれからの日々、すべてが順調だと思える時ばかりではなく、一つとしてうまくいかないと感じて、もがくこともあるかもしれません。福岡女学院で学生生活を送ったひとりとして、時には祈ることを思い出してください。時には、聖書を開いて、讃美歌を歌ってほしいと願っています。
ここを巣立つにあたって、学院聖句を今一度心にとめてほしいと思います。
「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもそのひとにつながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。私を離れては、あなたがたは何もできないからである。」(ヨハネによる福音書第15章5節)
学院を離れても、母校である福岡女学院とのつながりがなくなるわけではありません。そして、神様とのつながりもなくなりません。
あなたの心の祈りを聞いていてくださる方がいる。私たちが忘れていても、支えてくださる方がある。そのことをどうぞ覚えておいてくださいね。
そして、今、混迷の中にある世界と苦難の中にある人々のためにも祈りを合わせましょう。
女学院の卒業式では、「行ってらっしゃい」と言って卒業生を送り出します。私もそう言ってみなさんを送り出したいと思います。女学院ファミリーの一員であるみなさん、皆さんの歩む道を神さまが守ってくださり支えてくださるように祈りつつ、いってらっしゃい。
2025年度 短期大学部卒業式 学長式辞
福岡女学院大学短期大学部 学長 副島雄児
福岡女学院大学短期大学部は、2024年4月に最終期となる第61期の新入生が入学し、本日ここに第61回の卒業式を迎えることとなりました。卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。 ここに至るまで、皆さんにはさまざまな努力があったことと思います。教職員を代表して、お一人お一人に、その努力に負けないお祝いを申し上げます。また、絶えることなく皆さんを支えて来られました、ご家族の皆さまには感謝を申し上げ、このおめでたい日を、ともに喜びたいと思います。
今年度は、福岡女学院創立140年の記念すべき1年間でした。福岡女学院140年の歴史の中で、80年目となる1964年に、短期大学は英語科と家政科を備えて入学定員160名で開設されました。その後、入学定員を480名に拡張、国文科の開設などを経て、入学定員が650名となる時代もありました。また、1990年に福岡女学院大学の開設を経て、1999年には短期大学を短期大学部英語科と位置づけ、福岡女学院大学は、短期大学部、人文学部、人間関係学部、国際キャリア学部の4学部体制となり、その後に大学院の開設を経て現在に至っています。
このように短期大学部は、現在の福岡女学院大学の基盤となる役割を果たしながら、福岡女学院大学の伝統と誇りを築き上げてきました。例えば、1974年に始められたグレープカップコンテストは、高校生に福岡女学院大学短期大学部の魅力や志を伝えて来ましたし、現在福岡女学院大学の学祭として定着している「葡萄祭」は、1981年に当時の短大祭を「葡萄祭」と呼んだことに由来し、現在もその伝統が引き継がれています。1995年には、イングリッシュラウンジの始まりとなる短大イングリッシュラウンジが開設されました。
誇り高き歴史と伝統を築いてきた福岡女学院大学短期大学部の卒業生は、皆さんを含めて23,006名となります。大勢の同窓生が、この歴史と伝統を自らの誇りとしてくださり、今も尚、福岡女学院の応援団になってくださっています。福岡女学院140年、そして、短期大学部61年のその締めくくりに、本日、福岡女学院の歴史に最新の1ページを、皆さんとともに書き加えることができたことを大変光栄に思います。
皆さんはこれから、自立した一人の大人として社会にデビューされることと思います。就職、進学、家庭生活、ボランティア活動など、皆さんお一人お一人はそれぞれに進む道は違っていても、皆さんは間違いなく、今までのようにだいたい同じ世代の友人・知人との付き合いだけではなく、さまざまな世代の、さまざまな役割を担う人たちとチームを組んで、コミュニケーションをとりながら一つの目標や夢に向かって自分の任務を果たしていくことになると思います。その意味では、4月からの皆さんの世界は、皆さんが高校生から大学生になってずいぶんと自分の世界が広がったのとは比べ物にならない程、大きく広がるだろうと思います。
本学は長年にわたり、女性の学びと自立を支え、地域とともに歩んでまいりました。皆さんがこのキャンパスで過ごした日々、講義室での学び、実習での緊張と達成、行事での笑顔と汗、友と語り合った夜などなど、その一つひとつが皆さんの力となり、これからの人生を支える確かな財産になると思います。どうか今日までの経験を、決して軽んじることなく胸に刻んでください。
私は、皆さんが社会の一員として、それぞれに様々な場所で活躍されることを確信しております。福岡女学院大学の学生としての時間の流れが、皆さんにたくさんの宝物を授けてくれました。この宝物が、この先のいたる場面で、皆さんを支えてくれることと思います。ですから、短期大学部での学生時代のすべての経験を自信と誇りにして、これからも豊かで実りある人生を築いていかれることを切に願っております。
ご家族の方々、地域の皆さま、長年にわたり本学を支えてくださったすべての方々に深く感謝申し上げるとともに、卒業生の皆さんのご健康とますますのご活躍を願いまして式辞といたします。
学科の変遷 Department
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英語科
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家政科(生活学科)
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国文科
英語科
「読み、書き、話しの出来る実用的な英語」の修得を目標に、1964年短大の発足とともに英語科が設置されました。オーラルイングリッシュで十分に実力をつけることができるように、開設当初から、本格的なランゲージラボラトリが設けられました。自然に語学をマスターすることを目指し、外国人教師を交えての国際的な雰囲気のなかで英語科の学生たちは国際性豊かな学生生活を過ごしました。
家政科(生活学科)
「家庭生活の向上をめざす女性の育成」を目標に、1964年に短大の発足とともに家政科が開設されました。また、学問的に水準が高く、実際的な実力を身につけることも同時に目指されたため、実験・実習を中心に数多くの科目が開設されました。1993年に、家庭や家族といった狭い範囲の概念にとらわれがちであるという理由から、生活学科へと名称変更がなされました。生活学科では、「現代社会に主体的、創造的に適応できる女性」の育成が目指され、学生たちは衣・食・住の基礎科目から人間関係に至るまで、深くそして幅広く「生活文化」について探求しました。
国文科
国語・国文学の基礎的な知識と学力を身につけさせるとともに、「国際性・社会性豊かな近代的女性を育成する」ことを目指し、1985年に国文科が開設されました。国文科では、国語・国文を中心とする、日本文化に深いかかわりをもつ科目が設置され、地域性・風土性を生かした学習が展開されました。また、開設当初より、実社会に出た女性のための「社会人特別入学」の制度が設けられており、学び続ける女性たちのニーズを支えました。
教育内容 Education
学則第一条、「本学は、イエス・キリストに基づく福岡女学院創立の精神にのっとり、神を畏れ、奉仕に生きるよき社会人を育成するために、学校教育法に従って、女子の専門教育を行い、高い教養と実際的な専門知識を授けることを目的とする」に基づき、英語科、家政科、国文科において、それぞれ特色ある教育活動が行われました。
キリスト教教育
短大は、福岡女学院前身・英和女学校創立以来キリスト教の精神に基づいて歩んできました。イエス・キリストが生涯と死と復活によって指し示した神の無償の愛という命の究極の真理を土台として歩んできたのです。その真理とは、私たち人間はどんな条件のもとにあっても事実として神によって愛され、支えられて存在し、またそのことのゆえに、私たちは互いに支えあって生きるようにされているということです。このキリスト教を学ぶ科目は開学当時から全学学生に必修科目として開講され、4単位修得が課せられました。
礼拝の時間は、一時間目と二時間目の間に設置され、中学・高校と共有の講堂で行われました。福岡女学院100年史には、開学時は建物が廊下でつながっていなかったため、移動が大変で「学生には思わぬ不便や苦労をかける結果となった」と記されています。クリスマス礼拝(音楽礼拝)、卒業礼拝(説教)も、開学以来、変わらず最後まで守り続けられました。
英語教育
短大は、福岡女学院前身・英和女学校創立者であるジェニー・ギール宣教師の英語教育への想いを引き継ぎ、英語科だけにとどまらず、全学学生を対象とする必修科目として「英語」(2単位)が設置されました。授業では、実践的なコミュニケーション能力を育成することが重視され、多くのネイティブの英語教員が担当しました。語学学習のための施設も充実しており、4技能の学びを補助するCALL教室(開学当時はLL教室)を使った授業も人気でした。この英語を重視する教育は、今なお、大学の「共通英語プログラム」という大学教育の柱の一つとして残されています。
1974年(開学10周年)には、「開かれた大学」として地域社会に貢献するという目的から、九州・山口地区の女子高校生を対象にした英語科主催の「第一回グレープカップコンテスト」が開催され、50周年記念大会まで短大の主催で行われました。さらに、英語活動のための部屋として設置されたEnglish Loungeは大きな役割を果たしました。3号館2階(その後、1号館1階に移動)に設置され、英語科の学生の管理運営によって、様々なイベントが企画され、実施されました。
多彩な海外交流プログラム
短大は様々な交換留学制度や語学研修制度を設け、多くの学生に国際交流の機会が提供されました。英語科では、1996年にアメリカのミルズカレッジから最初の留学生を受け入れ、その他、カリフォルニア大学サンタクルーズ校、ウィスコンシン州立リバーフォールズ校、テネシー大学マーティン校、イギリスのアクィナスカレッジなどと協定を結び、国際交流の実績を残しています。また、短大全体のプログラムとして、英語圏以外では啓明専門大学と隔年で相互の大学を訪れ交流を深めました。
英語科では学生の将来の職業の幅を広げるために、「旅程管理主任者」の資格取得を目指すための科目が2011年度より設置されました。指定された科目を履修し資格を得た学生は、実務研修として海外へ行き、実習を行うとともに、現地の観光文化についての知識も深めました。派遣先は、イギリス、イタリアなどのヨーロッパのほか、カンボジア、マレーシア、シンガポールなどの東南アジアでも実習を行いました。
体育・身体美学
短大における保健体育科目は、それぞれ実技(バレーボール、テニスやダンスなど)と講義が必修科目として1単位ずつ設置され、学生の心身の健康を支えました。開学以来、クラスマッチや体育祭が行われるなど、授業だけでなくスポーツを通して活発な交流が行われました。
制服が定められた1920年代の福岡女学校時代には、美しく歩くためのウォーキングの時間が設け入れられたという歴史があります。福岡女学院の学生のイメージにもつながる美しい「姿勢」は、短大の保健体育においても重要な要素でした。2005年度には、英語科のカリキュラムに、「身体美学」が実技必修科目として設置されました。学生は骨格、それを支える筋肉の働きを学ぶことで美しい姿勢とはどういうものかについて意識するともに、自己の内面にも目を向け、体の総体的なバランスを体得することを目指しました。ここで得た美しいウォーキングは、卒業式の卒業証書授与式で活かされました。
マナー・小笠原流礼法
短大は、社会に奉仕する女性の育成をめざし、マナー教育に力を注ぎました。家政科ではテーブルマナーの授業があり、英語科は、2009年度に、日本の伝統的コミュニケーション体系である「小笠原流礼法」を必修実技科目として取り入れ、現代の様式に即した、心を伝えるおもてなしの心得、技法を学びました。授業を履修し試験に合格した学生には、福岡女学院短大生のための免状「花英伝」が授与されました。
特色あるゼミ(家政科・国文科)
家政科、国文科では、魅力的なゼミ(卒業研究)が数多く提供されました。家政科では、ウェディングドレスの制作(服飾)、染織デザイン(服飾)、コース料理の調理および試食(食物)、住設計(家の模型の作成)(住居)など、自分が興味のある分野について知識・技術を磨き、集大成としての作品を仕上げました。また、国文科では、様々な文学の地へ赴くフィールドワークが有名で、三浦綾子、夏目漱石、川端康成などの作家のゆかりの地を訪れたり、大宰府や奈良などの万葉の地を訪れるゼミ研修がありました。
その他:新入生のための親睦会
短大は2年間と短いため、学生同士が入学してすぐに親睦を深めることができる行事はとても大切なものでした。開学当初は、全学ハイキングが行われ、初年度は志賀島へ、2年目は鏡山へ行きました。この伝統は、学生の増加に伴い廃止されますが、その後は、一泊研修として引き継がれました。入学生を最後に受け入れた2024年度は、ミッション・スポーツアリーナでバレーボールなどのスポーツをして親睦を深めた後、向山寮に宿泊しました。
Memories
部活動の思い出
短大では、教育活動の一環として、部活動・課外活動を重要な学びの場と位置づけてきました。授業や実習とは異なる場面で、仲間と時間を共有し、目標に向かって力を合わせる経験は、学生一人ひとりの成長を支える大切な時間でした。短い学生生活の中で培われた友情や努力、喜びや悔しさは、卒業後もなお心に残るかけがえのない記憶となっています。これまで部活動・課外活動を支え、ともに歩んでくださった学生のみなさん、指導者の先生方、そして温かく見守ってくださった卒業生のみなさまに、心より感謝申し上げます。
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創立元年 1964(昭和39)年ごろ
E.S.S. 音楽 古典 茶華道 写真 自動車 新聞 心理学研究 Y.W.C.A ハワイアン マンドリン 旅行 硬式テニス ダンス(創作) 登山
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創立25年 1989(平成元)年
E.S.S. 映研 英文タイプ 演劇 音楽 華道 箏曲 古典 茶道 社会福祉 写真 照明 書道 新聞 人形劇 ハワイアン 美術 フォーク 放研 マンドリン Y.W.C.A 硬式テニス ゴルフ 創作舞踊 卓球 軟式テニス バスケット バドミントン バレーボール ワンダーフォーゲル
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創立50年 2014(平成26)年
E.S.S. イラスト・文芸 裏千家茶道 映画研究 演劇 表千家茶道 ガーデニング 華道 軽音楽 国際交流会 CG研究 社会福祉研究 写真 書道 動作研究 ハンドベル 美術 福岡女学院GERRN’S 放送研究 落語研究 MAFS同好会 TEAM MISSION同好会 空手 剣道 硬式テニス ゴルフ サッカー 創作舞踊 ソフトテニス ダンス バスケットボール バドミントン バレーボール ラクロス ワンダーフォーゲル
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創立60年 2024(令和6)年
イラスト・文芸 裏千家茶道 映画研究 演劇 表千家茶道 ガーデニング 華道 軽音楽 国際交流会 CG研究 写真 書道 ハンドベル 美術 福岡女学院GERRN’S 放送研究 落語研究 MAFS 空手 ゴルフ サッカー 創作舞踊 ダンス バスケットボール バドミントン バレーボール ラクロス ワンダーフォーゲル ピンポン同好会
福岡女学院大学短期大学部の
あゆみに関わってくださった
すべてのみなさまに、
心より感謝いたします。
このサイトが、それぞれの記憶に
静かに触れるひとときとなれば幸いです。