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2026.05.07 学生の活動

新入生の百読百鑑レビュー 2026

言語芸術学科には年度の枠を越えてたくさんの本や映画と向き合っていく
「百読百鑑」という授業があります。

授業では学生がそれぞれの作品の魅力をプレゼンテーションしていきますが、
早期に入学が決まっていた新入生は、ウォーミングアップとして入学に先駆けて
「百読百鑑レビュー」に挑戦してくれていました。

ここではその一部を紹介していきます。

『人間失格』著者:太宰治

by MapLie

 『走れメロス』や『斜陽』などと並ぶ太宰治の代表作であり、日本文学全体で見ても高い知名度と評価を誇る作品である。太宰は本作を書き上げた同年に自ら命を絶っており、その成立事情から遺書的作品として語られることも多い。
 「恥の多い生涯を送って来ました」という一文から始まる本文では、人前で道化を演じて生きてきた主人公・大庭葉蔵の生涯が、太宰自身の経験に基づいて生々しく描かれている。人間の根底にある恐れや不安を徹底的に書き出した作品であり、重苦しい雰囲気を纏いながらも、平易で読みやすい文体と巧みな文章構成によって、読者を強く引き込む魅力を持つ。
 私が特に注目したいのは、第一の手記から語られる「道化」という在り方である。葉蔵が自分とは異なる、恐ろしいものだと感じていた人間に対する最後の求愛として行った「道化を演じる行為」は、現代的に言い換えれば「空気を読む」ことに近い。他人に嫌われないよう、喜ばせるよう常に意識して行動する姿勢は、自分自身を守るための防衛手段であった。しかしその振る舞いが習慣化していくにつれ、葉蔵は本心を語ることや、真剣な感情を持つことすらできなくなっていく。例えば姉が目の前で涙を流している場面でも、葉蔵は相手の気持ちを理解することができず、その様子をどこか一歩引いた目で眺めてしまう。「気味が悪い」とまで言い切ってしまう姿勢は読者から見れば冷酷にも思えるが、同時に、他者との感情的なつながりを持てない葉蔵の孤立を象徴する場面でもある。道化を演じなければ人と関われない一方で、演じ続けることで本来の自分が失われていく――この矛盾と葛藤は、現代に生きる私たちにとっても決して無関係ではないだろう。
 やがて歳を重ねた葉蔵は、酒や女、薬物に溺れ、堕落の道を辿っていく。その生き様には「こうはなりたくない」という嫌悪感を抱かされる一方で、その選択に至る思考や感情の流れには、どこか理解できてしまう理屈がある。葉蔵の堕落は単なる享楽ではなく、不安や恐怖から逃れるための手段として描かれているのだ。自分を守るために選び続けた逃避が、結果として自分自身を壊していく。この悪循環を「否定したいのに理解してしまう」という感覚こそが、『人間失格』の読後に残る強烈な後味なのだろう。
 他者との関わり方や自分自身の在り方が強く問われる現代だからこそ、ぜひ読んでもらいたい。
 

『おくりびと』 監督:滝田洋二郎

by桃太郎

 納棺師とは、亡くなった人の身体を清め、棺に納めることで最後の旅立ちをサポートする職業である。
 2008年に公開されたこの映画は、一般に広く知られてこなかったこの職業の知名度を飛躍的に上昇させた。納棺師という職業と出会った主人公が、死と生、そして自分の人生を見つめ直すヒューマンドラマである。
 本木雅弘演じる主人公は、夢であったチェロ奏者として働くも、楽団の解散により職を失い、志半ばで妻と地元に戻る選択をする。心機一転新たな職を探し、「旅のお手伝い」という求人のもと面接に向かう。そこで主人公が出会ったのは、亡くなった人を送り出す納棺師の仕事だった。
 遺体に触れ、死を間近で見届ける仕事内容に忌避感を覚える主人公。しかし、仕事を続ける中で、葬儀を通して人生を振り返ることの尊さを知る。そして、葬儀を支える納棺師の美しさに胸を打たれ、次第に仕事に誇りを持つようになっていく。また、他者の人生を見送る経験の中で、自分の人生とも向き合い直し、幼い自分の前から消えた父との記憶を紐解きながら、家族とは何か、人生とは何かを探っていく。主人公が、生と死を見つめ続ける納棺師という仕事を通し、新たな人生へ踏み出す物語である。
 この映画を見終わったとき、死と生は無関係ではない、と感じた。二つは互いに密接に結びつき、切り離せない関係にある。作中では、葬儀を通して故人がどのように生きてきたのかが語られる。納棺や葬儀を通して示されるのは、死そのものではなく、故人たちの人生だった。だからこそ、納棺師という職業を通して、故人たちの様々な人生がありありと描かれる。死を通して生を見つめることができるのは、死と生が相反する関係ではないからだ。この作品はそのことを明示してくれた。
 

『チャーリーとチョコレート工場』監督:ティム・バートン

by テリー

 ジョニー・デップの演じるウィリー・ウォンカに自然と目が引き込まれていく作品である。謎に包まれたチョコレート工場を舞台にして、驚きとユーモアあふれる独特の世界が描かれていた。
 主人公チャーリーは貧乏だが優しい家庭で慎ましく幸せに暮らしていた。そんなある日、世界中で愛されているウォンカ・チョコを作っているウィリー・ウォンカが「チョコの中に入っている金のチケットを当てた5人の子供を工場に招待する」と世界中に発表する。チョコレート工場は謎に包まれているため金のチケットを手に入れるべく争奪戦が起きていく。貧乏なチャーリーはウォンカ・チョコを大量に購入することはできなかったが、あることがきっかけとなり工場に行くことになる。そしてほかの当選者たちと共に工場に入り、次々と驚きの光景を目にしていく。
 チョコレート工場での様子は、どこか不気味で緊張感を伴って描かれている。不安を煽る音楽や奇妙な演出によって、明るいはずの工場が次第に不安定な空間へと変化していく。特に、子供たちが一人ずつ問題を起こしていく展開は、単なるハプニングではなく、それぞれの家庭環境の結果が表面化したものとして描かれている。例えば、過保護な環境で育った子や過度な期待を背負ってきた子など、それぞれの家庭で形成された価値観が工場での行動に反映されている。金持ちの家の子の場合は親がお金で何でも望みを叶えてくれたが、誰にも律されなかったため、工場ではわがままな性格が原因となり問題が起きてしまう。それらの様子を皮肉交じりの歌で描くことで、作品はユーモアの裏に鋭い風刺を込めている。
 さらに、ジョニー・デップの演じるウィリーの無機質な笑顔や感情の読み取りにくい表情は、彼自身もまた過去の家庭環境に影響を受けている存在であることを示唆している。こうした描写から、本作の鍵となる「親から子への干渉」というテーマが浮かび上がり、現代社会に通じる問題であることを強く感じた。
 

『タイタニック』監督:ジェームズ・キャメロン

by miyuneko

 1912年の初航海中に氷山に衝突し、当時世界最悪の犠牲者数をだしたタイタニック号沈没事故をモデルに、地位も境遇も異なる一組の男女のラブストーリーを描いたロマンス映画。
 苦しい生活の中、画家としてアメリカに夢を抱くジャック(レオナルド・ディカプリオ)はポーカーで勝利し、タイタニック号への乗船券を手に入れることができ、船に駆け込んだ。その日の夜に、代り映えのない生活に退屈していたことや自己中心的な婚約者に対して耐えられなくなった上流階級のローズ(ケイト・ウィンスレット)が夕食の会場を飛び出して船尾から転落自殺を試みる。しかし、その様子をジャックが目にしていて、ローズのもとに駆けつけてくる。ジャックは彼女の気持ちを落ち着かせることに成功したが、ローズが足を滑らせてしまい、落ちそうになる。ジャックはローズの手を掴み、彼女を引き上げて助けることに成功する。ここで2人は恋に落ちる。そんな2人は婚約者やローズの母などの目をかいくぐって2人の時間を楽しんでいた。そんな中、船が氷山にぶつかり、沈み始めた。この2人の運命はどうなってしまうのだろうか。
 多くの人が亡くなってしまったり2人が凍えながら抱きしめあったりするシーンから事故の悲惨さや本物の愛を実感できて最後の方では涙が止まらない。ただそのままタイタニック号沈没事故を映画化するのではなく、そこにジャックとローズという架空の人物を設定し、2人をクローズアップして映画にすることによって、観客が2人の気持ちになって観ることができるので、より一層感動が増すものになっている。2人が初めて出会った場所やお互いに発した言葉を大切にして呼びかけあっているシーンが心にしみて印象的に思えた。また、この作品では階級の差やローズに婚約者がいることによって2人は関わってはいけないと言われていたが、その障壁を超えて、限られた時間の中で燃える永遠に沈まない愛があったと感じられた。