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2025.11.19 授業紹介

授業紹介:「志摩歴史資料館」の秋冬企画展「太平洋戦争・終戦 80 年 知られざる糸島の戦争逸話 (エピソード)」でのフィールドワーク(専門演習 II)

メディア・コミュニケーション学科の池田理知子3年ゼミでは、戦争に関するミュージアムでの フィールドワークや講演会への参加を行っています。今回は、「志摩歴史資料館」を訪ね、福岡県 の糸島周辺にかつてあった基地について学びました。
案内してくださったのは、当館の職員である稲冨聡さんです。
さまざまな基地があったなかでも、この資料館からそれほど離れていないところにあった旧海軍 の「玄海航空基地」はこれまであまりその存在が知られていませんでした。下の写真にあるよう な、浮きのようなフロートを使って海上を離発着する飛行機の基地だったため、滑走路などの大 掛かりな施設が必要なかったことがその要因だったと考えられています。基地内で働く兵隊たち も、宿舎ではなく村の人たちの家に分宿していたようです。

今回参加してくれた学生が、兵隊たちと村人の交流について書いてくれたので、お読みください。
 

 志摩歴史資料館の企画展は戦争に関する展示でしたが、そのなかには地域の人々の暮らしに着 目したものもあり、戦時中の暮らしは全部が全部「辛い・苦しい」ものだけではなかったという ことを知ることができました。特に印象に残っているのは、糸島の戦中の逸話のひとつ「就寝巡 検エピソード」です。海軍では就寝時に夜の見回りがあり、一人でも兵員が足りなければ全員が 罰を受けるという規則があったそうです。とある日の就寝巡検の時に兵員が一人足りないことが あり、その時は寝泊まりしていた家の人が坊主頭の子供を毛布に潜らせて、頭数を数えさせて難 を逃れたというエピソードが展示の説明にありました。このエピソードから、兵員と地元の人た ちとの交流があったことが伺え、非常に厳しく冷淡な海軍のイメージが払拭されたように感じま した。また、坊主頭の子供を兵員と偽って罰を逃れようとする状況が、自分の修学旅行時の就寝 見回りと似ていて親近感が湧きました。いつの時代も怒られたくはないし、当時は重い罰があっ たそうですから、隠すことになおさら力を入れるだろうなと想像して、少しおかしく思えました。
 戦争展示を見ているはずなのに、このように当時のことを少し楽しく想像できるものもあるの だとびっくりしましたが、とても勉強になりました。

 

K・Aさん、ありがとうございます。

稲冨さん、たいへんお世話になりました。

 

(池田 理知子)