言語芸術学科1年次の科目「日本語表現基礎Ⅰ」は日本近代文学をテキストとして、読む・書く・考える技術を養う授業です。
取り組むテキストのひとつに梶井基次郎『檸檬(れもん)』があります。日本近代文学の名作、入学前に読んだことのある学生も多い作品ですが、このテキストを出発として、言語芸術作品に取り組む様々なアプロ―チを学びます。
たとえば、作品に描かれた場面を実際に体験してみるのも作品を理解するアプローチのひとつ。授業中、実物のレモンをまわして、その印象を言葉にしてもらいました。ほとんど即興で書いてもらいましたが、実物のレモン効果なのか、文豪に挑んでみようというモチベーションからなのか、ユニークなテキストが集まりました。そのいくつかをご紹介します。
「それを手に取った瞬間、あざやかな黄色が目に飛び込んできた。丸く手に収まるほどのそれは、ツンとした匂いがした。昔母が作ってくれたレモネードを思い出して、なんだか懐かしくなった。熟れ過ぎているのか、ちょっとぶよぶよしている」
「私がレモンを手に取った時、思ったより柔らかいと思った。見ていて目が痛くなりそうなほど黄色いあの果物のことを私はずっと硬いと思っていたからだ。
さらに、レモンは手におさまった瞬間、今までそこにあったかのように私の手に馴染んできた。それは私は今まで1人ではなかった、ずっとレモンと共に生きてきたのだと思わせてくれた。レモンを次の人に渡し、手から離れた瞬間小さな喪失感を味わった。そして少し前まで私と一緒にいたレモンのことを思い出した。手のひらを見つめると、口から涎が垂れてきそうな甘酸っぱいあの匂いがした。そして手の匂いが薄くなって行くと共に、私の記憶からもレモンは消えていくのだ」
「とても久しぶりに実物のレモンを触った。自分の手元に来るまでは、割れかけのコンクリートのようにゴツゴツしていると思っていた。 しかし、いざ触ってみると小さく微かな凹凸だった。檸檬の中身はツンっとする酸っぱさだが、表面はなめらか。そこから私は檸檬は腹黒い性格と結論づけた。 どんな相手だろうとハマることはない。そんな意思を自分の指から感じた。なぜなら私の指が檸檬に食い込まなかったから。 しかし、色んな人の手に渡った檸檬を触った指からは柑橘の匂いがした。腹黒い奴はいずれボロが出る。そういう事なんだろう」
レモンを注意深く観察する人もいれば、子どもの頃の自分を懐かしむ人、ユニークな妄想を展開する人まで、そのアプローチもさまざま。
どこまで梶井基次郎にせまれたかは分かりませんが、それぞれの視点に受講生どうし刺激を受けている様子でした。
この授業では、時折このようなアクティビティを交えながら、言語芸術作品を読み解きます。次はどのようなユニークな視点が飛び出すのか!? これからも楽しみです。
6月16日(日)・7月14日(日)・7月15日(月)、オープンキャンパスを開催します。関心を持たれた方は、ぜひお越しください!



