言語芸術学科では、4年間で文学の名作100冊、演劇・映画鑑賞100本を目標とする「百読百鑑」という授業があります。
授業では、古今東西の名作文学・映画リストの中から一人一作品選んで、その作品の魅力をプレゼンテーションします。
今年4月に入学した新入生から届いた「百読百鑑レビュー」をご紹介します。課題リストから一作品選び、選んだ作品にどんな魅力があるのかを、入学に先がけて文章にしてもらいました。
言語芸術学科では在学中、様々な本や映画に出会えます。どうぞお楽しみに!
『ローマの休日』 by しおりんご
監督:ウィリアム・ワイラー キャスト:グレゴリー・ペック、オードリー・ヘプバーン
これは、主人公のアン王女を演じたオードリー・ペプバーンの魅力が知れ渡った作品である。
アンはヨーロッパの最古の王室の王位継承者として、親善旅行を行っていた。これまでの公務による疲れやストレスが溜まっており、主治医に鎮痛剤を打ってもらった。しかし、寝付けずローマの町へと繰り出した。そこでジョーに会い、一晩を過ごすことになる。そこからはじまる2人の一日だけのラブストーリー。
この映画はまずアン王女の美しさが魅力的で素敵である。アン王女として公務をしている時は気品があり美しい。ヒールが脱げてしまうところや寝付けずダダを捏ねている可愛らしさも魅力の一つだろう。しかし、ローマで過ごした一日は、髪を切って褒められて喜んだり、真実の口に手を入れて驚く素直な姿や、バイクに乗って暴走しだす破天荒さを見せるアン王女。きっとローマで過ごした時のアンの魅力でジョーはだんだんと心惹かれていったのだろう。
白黒の映像でも伝わるヨーロッパの美しい様子。建物、街並み、人々、きっとあの時代だからこそ写し出せた美しさに引き込まれる。
最後がハッピーエンドでなかったのがこの映画の魅力だろう。アンが王女だと気づき、これを特大スクープとして取り上げようとしていたジョー。そのジョーは、アンと過ごしているうちにいつの間にか心惹かれていった。ジョーはきっとその時点でアンのことを記事にするつもりはなくなっていたのだろう。アンが王室に戻る時、ジョーはアンを引き止めることができただろう。でも行き先も聞かず、そのまま別れた。きっとジョーはアンのいるべき居場所はここではないと気づいていたのだろう。王室に戻った次の日の記者会見で、アンは1番良かった場所はと聞かれ、ローマと答えた。1日だけの2人のローマの休日は、アンにとって非日常的な一日で、いつまでも記憶に残る思い出となったのだろう。帰り際に笑顔を見せながらも涙をうかべたアン。自分の気持ちより、王室を優先したアンの女性としての強さは美しい。
『シンドラーのリスト』by Mame
監督:スティーヴン・スピルバーグ キャスト:リーアム・ニーソン、ベン・キングズレー
「一つの命を救う者が、世界を救える」作中に登場する言葉だ。
「シンドラーのリスト」は、第二次世界大戦当時に起こったユダヤ人へのホロコースト(大量虐殺)を題材とした映画である。ナチス党員のドイツ人実業家オスカー・シンドラーは、賃金の安さに目をつけてユダヤ人を自身の工場に雇用し成功する。しかし、ナチスによるユダヤ人への虐殺や強制収容所での惨状を目にし、ビジネスよりも人命を優先することを選び、自身の私財を投じて彼らを救うことを決める。
作中でシンドラーと彼の会社の会計士シュターンがリストを作成する場面が印象的だった。思いつく限りのユダヤ人の名前をタイプライターに打ち込んでいき、「もっと、もっとだ。」とシンドラーが繰り返す。名前を打ち込むタイプの音と切迫したシンドラーの声色に鑑賞する私も緊張感を覚えた。映画では冒頭にも、ポーランドに侵攻したドイツ軍が、ユダヤ人の名前を大量にタイプライターに打ち込んでいく場面がある。どちらの場面もタイプライターを画面いっぱいに映し、打ち込まれていく名前を強調している。
私は映画の鑑賞後、作中の多くの人物の名前を覚えていたことに驚いた。リストに打ち込まれる名前を強調する演出は、作品を鑑賞する私たちに一人一人を強く意識させる。歴史の中で迫害されたユダヤ人という大きな括りではなく、より身近な、命の危機にある一人の人間として印象に残る。作中でシンドラーは、ユダヤ人だと自己紹介した会計士シュターンに、「私はドイツ人だ。それが何だ。」と返す。シンドラーはユダヤ人、ドイツ人などの背景に関わらず、理不尽に命の危機にある一人一人を守ろうとしたのではないだろうか。
戦後77年が経つ現在でも、個人が迫害され理不尽に命を奪われてしまうことがある。戦争も遠い昔の話とは決して言えない。「一つの命を救う者が、世界を救える」映画のラストシーンにユダヤ教の聖典から引用されるこの言葉は、シンドラーの心にも、今を生きる私たちの心にも深く響く。
『クレイマー、クレイマー』 by ゆん
監督:ロバート・ベンソン キャスト:ダスティン・ホフマン、メリル・ストリープ、ジャスティン・ヘンリー
夫婦が子供の親権を争う様子を描いた40年以上前の作品で、派手な映画ではないがアカデミー賞を受賞するなど好評だった作品である。仕事に没頭する夫テッドに嫌気がさし家を出たジョアンナ。2人の間には1人の子供がいる。結婚してから5年間ほとんどの育児や家事のことはジョアンナに任せきりだったテッドは息子との2人暮らしが始まり今までやったことのない家事などで大苦戦した。
序盤のテッドがフレンチトーストを作るのに奮闘するシーンには男性も仕事だけでなく家事もやるべきというメッセージ性が感じられた。仕事を最優先してきた5年間が裏目に出て両立がままならない毎日の忙しさが一変し、後半は父親らしくなる。夕食のシーンでは息子のビリーが寂しさのあまりに父親の気持ちを試しているように思えた。ビリーの行動の裏には父に対する罪悪感や自分のせいで母親が出って行ってしまったという葛藤があり、幼いながらに現状を受け入れようとする姿があった。その後テッドは失業する。ビリーがジャングルジムから落ちて大怪我をした時に街中を駆け回り病院を探すシーンは職を失くしたテッドの心境のようにも思えた。1年と少し経った頃ジョアンナがテッドを訪ねる。そこで2人は裁判で親権を争うことになる。失業し職の無い状態ではビリーの親権を得られないことから前職よりも年収の低い職に就いたり、前例では母親に親権が渡る判例の多いというハンデを抱えてでも息子を育てたいという強い意志が見えた。仕事漬けの5年間のせいで失われつつあった親子の絆が徐々に取り戻された瞬間だと感じた。テッドは裁判に負けてしまうが最終的にはジョアンナの計らいでビリーと暮らしを続けていけることになる。ジョアンナが最後にビリーに会いに来るシーンはこれから始まる新しい生活のための区切りに思えた。
この映画を見て、優先したいことがある中で1つだけに没頭することで何かに気づかずに失う事もあるのだと感じた。テッドは息子や妻と向き合い完全ではないが関係を修復できたのではないかと思う。
『フォレスト・ガンプ』 by ひー
監督:ロバート・ゼメキス キャスト:トム・ハンクス、サリー・フィールド、ロビン・ライト
アカデミー賞で作品、監督、主演男優、脚本、編集、視覚効果の6部門を受賞した作品である。監督は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を手がけたロバート・ゼメキス、キャストには若かりし頃のトム・ハンクスが出演している。
知能指数が低く、背骨が曲がっているのを直すために足に工具をつけていた主人公のフォレスト・ガンプは、母親の尽力で一般の小学校に入学する。同級生たちからいじめられるが、とても優しくてその上足がとても速かった。その足の速さを買われ、大学ではアメフト部に入部。その後、軍隊に入隊しエジプト戦争にも出征するなどガンプは様々なことに立ち向かっていく。舞台は1900年代のアメリカ。波乱万丈な人生の中で多くの人々を助け、幸せにしていくヒューマンストーリー。
この作品は、アメリカの歴代大統領やジョン・レノンといった有名人が登場する。有名人が登場することで、時代の流れを把握でき、作品に引き込まれやすい。また、この作品は直接的な描写をせずに登場人物の心情を表しているシーンがいくつかある。例えば、小学校からの友人であるジェニーは、幼い頃に父親から性的虐待を受けていた。大人になって、父親と住んでいた家を訪れ、無我夢中で石を投げているシーンがあった。それまで、性的虐待が心の傷になっているような描写はなかったが、このシーンから大人になっても尚、父親からの性的虐待が心の傷となっていることが分かる。このような直接的描写をせずに登場人物の心情を表すシーンは、観る人の想像力を喚起させるものだと思った。
また、ガンプは優しいゆえに人を助けようと空回りすることがあったり、困難なことに出会ったりする。しかし、それでもガンプは諦めることなくやりたいことに全力で突き進んでいくため、私もガンプのように優しい心を持ち、ひたむきに頑張っていきたいと思える。この『フォレスト・ガンプ/一期一会』は人生の教科書になるような作品なので、是非一度は観てほしい。


