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    人文学部 メディア・コミュニケーション学科

    人文学部 メディア・コミュニケーション学科Today 一覧

    2020年
    05月07日

    メディア・コミュニケーション学科の授業紹介 その①:遠隔授業でスタートした入門ワークショップI

    4月25日(土)に「入門ワークショップI」の初回の遠隔授業が行われました。まだ顔を合わせたことのない新1年生にどのように教えればいいのか、教員同士で授業のシミュレーションを重ねて、ようやく迎えた授業でした。教員もそうでしたが、学生も初めての体験で、ハラハラ、ドキドキしていたのではないでしょうか。ともあれ、3クラスとも大きなトラブルもなく無事終了できたのは何よりです。
     
    メディア・コミュニケーション学科の1年次必修科目であるこの授業は、3つのクラスに分かれています。私が担当しているクラスでは、ある新聞記事を題材として選び、その記事内容に対する意見を書いて、それぞれ提出してもらいました。驚いたことに、その記事内容への疑問が書かれていたり、論点の矛盾が指摘されていたりと、私の想像を上回る鋭い意見が多数寄せられました。一人でじっくりと考える時間が比較的多い遠隔授業ならではの効果が表れていたのではないかと思っています。これからもこの授業でのメリットに気づかされる場面が多々あるのではないかと期待しています。
     
    遠隔授業をしていると、子供の頃に遊んだ糸でんわを思い出します。か細い糸を通して、離れた先にいる相手の声が聞こえること、自分の声が伝わることが不思議でした。メディアが変わり、文字を介したリアルタイムでのコミュニケーションにも同じような心許なさを感じてしまうのです。顔の見えない相手に自分の気持ちが伝わるか不安ですが、ネットの先にある小さな声を聞き逃すことのないよう耳を傾けていきたいと思っています。
     
    (文責:池田理知子)

    2020年
    02月17日

    手と足を使って学ぶ「組織コミュニケーション」:活動報告3/3 ~その3 水俣でのフィールドワークで公害・環境問題を考える~

    「組織コミュニケーション」の授業で行った水俣市でのフィールドワークの報告も、今回が最後です。四年生のSMさんの2日目の報告には、当時の水俣病闘争の様子や、現在の水俣での環境改善への取り組みなどが記されています。彼女がそこで何を感じ、何を学んだのかが伝わってきます。

     
    水俣研修2日目は、水俣病歴史考証館から始まり、チッソ正門前(下の写真)や百間排水口などの現地視察をしました。また、水俣の今の取り組みを知るために、「エコネットみなまた」の石けん工場にも行きました。あいにくの雨でしたが、有意義な1日を過ごすことができました。

    チッソ正門前.jpeg

    水俣病歴史考証館は、水俣病の患者さんと共同作業をしていたきのこ工場を改装した建物の中にあります。水俣病を過去のものとするのではなく、現在も考えていかなければならないとの思いから、「考証館」と名付けられたそうです。その名の通り、施設の中には、当時実際に使っていたもの、被害者の方から譲り受けたものが展示されていて、水俣市の資料館とは違ったリアルさが伝わってきました。当時の人々の暮らし、チッソと市民の複雑な関係、チッソと闘う人々など、多くの要素が詰まっており、一言では表せない水俣病の現実に対峙する場として受け取ることができました。教科書や資料館の情報だけで水俣病を理解するのは危険だと痛感した時間でした。

    考証館_.jpg

    私は1日目から、重要なことや学んだことをノートにメモしていました。しかし、この考証館では、メモをとる手が止まりました。山の奥地にある考証館は、そこに入るだけで当時にタイムスリップしたような感じがしたからです。ネコ実験をした小屋や、水俣湾に蓄積された水銀ヘドロ、患者運動で掲げられた「怨旗」(上の写真)など、当時の悲惨な状況や人々の悲痛な叫びがひしひしと伝わり、目に焼き付けることに必死でした。なかでも「怨旗」は、水俣病患者運動のシンボルとして印象的でした。何かに抗議をし、闘うための象徴は、現代に生きる私にとって遠いようにみえて、その実身近に感じられたからです。黒地に大きく白文字で「怨」と書かれたその旗は、闘った人たちの証であり、なかなか行動を起こせない現在の私たちへのメッセージのようでした。 

    洗顔石けん作り.jpg

    水俣病の教訓を生かし、環境に優しい石けんを作る工場で、障害をもつ人もそうでない人も共に働ける場である「エコネットみなまた」にもお邪魔しました。事前授業で、普段私たちが使っている洗剤は、環境だけでなく私たちの身体にも悪い成分が入っていることを学んだため、皆工場に行くことを楽しみにしていました。お弁当をいただいた後に、工場の成り立ちをうかがったり、工場内の見学をさせていただいたりしました。
    (上の写真は、石けんを仕上げているところです。)工場内は、環境に優しい石けんをつくるだけでなく、環境に優しい取り組みもなされていました。たとえばお手洗いをお借りしたとき、電気が消えているのは当然のこと、便器のコンセントが抜かれており、節電が徹底されていたのです。普段の生活では思いもしなかったことだったため、私がどんなに環境に目を向けていないかを痛感させられました。
     
    水俣市で分別するごみは次のとおりです(平成31年4月1日~)
    生きビン(リユースビン) 蛍光管・電球類 雑誌・その他紙類 食用油
    雑ビン(透明) 乾電池類 段ボール 粗大ごみ・破砕・埋立
    雑ビン(茶色) 電気コード類 飲料等紙パック(白色) 生ごみ
    雑ビン(その他色) ペットボトル 飲料等紙パック(銀色) 燃やすもの
    アルミ缶 小型家電(17品目) 布類(衣類)  
    スチール缶 新聞紙・チラシ類 容器包装プラスチック  
     
    また、水俣市は福岡市よりも多くのゴミの分別(上の表)を行っているため、お弁当を食べた後のゴミ分別も興味深いものでした。ゴミを分けること、ゴミを出さない仕組みとはどんなものなのかを考えるきっかけとなりました。環境を考えることは、自分たちの健康を考えることだと実感し、日頃の生活から、小さなことにも目を向けようと考えることができました。「エコネットみなまた」で購入した石けんは、現在愛用中です。

    百間排水口.JPG

    私はこの水俣研修で、現地に赴くフィールドワークの大切さに改めて気がつくことができました。3年生の時に受けた授業や今回の事前授業などで水俣病について勉強してきましたが、教科書で学ぶのと、現地を訪れるのでは、伝わり方がまったく違いました。紙媒体で学ぶと、どうしても他人事のような、人の意見を聞かされているような感じがしてしまいますが、現地で学ぶと、「この海か」「ここがチッソか」と自分が体験していることとして理解ができ、さまざまな感情が生まれてきました。特に百間排水口(上の写真、「組織コミュニケーション」担当教員の池田が2015年に撮影)は、汚染水が流され続けた場所であり、見ているだけで胸が苦しくなったことを覚えています。水俣病をはじめとした公害にもっと目を向け、現地を訪れ、見たもの聞いたものを伝えていく使命が私にはあると感じました。




     

    2020年
    02月04日

    手と足を使って学ぶ「組織コミュニケーション」:活動報告2/3 ~その2 水俣でのフィールドワークで水俣病事件の背景を知る~

    今回は、「組織コミュニケーション」の授業で行った水俣市でのフィールドワーク1日目の報告を四年生のSNさんにしてもらいます。中身の濃い活動を通していろいろと考えた様子が伝わってくる内容です。

     
    11月23日、24日に「組織コミュニケーション」の授業の一環で水俣にフィールドワークに行きました。
    まず、熊本学園大学水俣学現地研究センターにて山下善寛さんから貴重な話をお聞きしました。山下さんは中学を卒業してから44年間新日本窒素(以下チッソ)水俣工場に勤務し、会社を退職するまで第一労働組合に所属し、水俣病事件、安定賃金反対闘争、家庭待機反対闘争、水俣工場の縮小・撤退反対闘争などを経験した方です。現在は水俣病患者支援や、「水俣の暮らしを守るみんなの会」での市民運動、水俣の環境モデル都市づくり等に関わる一方で、自らも水俣病の認定を求めて闘っていらっしゃいます。

    学園大学水俣学現地研究センター5.jpg


    山下さんは私たちに、チッソの第一労働組合で行ってきたことを主にお話してくださいました。会社からの数々の嫌がらせにも負けずに、労働環境の改善要求や水俣病患者の支援を続けてきたのが第一労働組合です。
    また、お邪魔させていただいた水俣学現地研究センターは、水俣病の疑いのある方の診察を行っており、その際に使う検査道具(下記の写真)も揃っていました。実際に体験させていただいたのですが、私たちには感じる指先のチクリとした痛みや振動が、水俣病の患者さんにはわからないということをこの時はじめて知りました。

    検査キット.jpeg

    次に、山下さんに水俣のさまざまな場所を案内していただきました。戦前の旧工場跡や、丸島にある汚染水を排出していた門、現在でも汚染物質が埋められたままになっている場所などに行きました。案内していただいて、水俣におけるチッソの存在の大きさを感じました。チッソが市街地の土地の4分の1を占めていたと言葉で聞くより、実際に自分の足で歩き目で確かめることで、水俣病事件の重大さを身にしみて感じました。

    ぜんかんさん.jpeg

    その後、水俣市立水俣病資料館に行きました。ここでは、胎児性水俣病患者である永本賢二さんから貴重なお話を聞くことが出来ました。また、司会をされていた女性もご自身の経験を語ってくださいました。御二方とも、お父さんがチッソで働いていたそうです。当時どのような気持ちで働いていたのだろうかと考えると胸が痛くなりました。とくに、自分の息子が勤め先のせいで水俣病になったけれども、水俣にはチッソ以外に働く場所があまりなく、仕事をやめてしまうと家族を養うことができなくなるという恐怖が、永本さんのお父さんにはあったのだろうと思いました。しかし、お父さんは会社と闘いながら、チッソで働き、家族を養ったということでした。お話を聞いた後は、副館長に資料館のなかを案内していただきました。

    資料館.jpeg

    今回のフィールドワークでは、授業のなかで話を聞いてわかったつもりでいたことが、より身近なものに感じられ、これから先のことが考えられるようになりました。「水俣病」は誰もが義務教育中に聞いたことがあるワードだと思います。しかしその実態は大学生になるまで私もまったく知りませんでした。水俣には日本の経済発展のために力を注いだ人たちがたくさんいたと思います。しかし、その陰で水俣病が起こったのです。だからこそ、水俣病を忘れてはいけないし、この事実を多くの人に知ってほしいと私は考えています。
     

    2020年
    01月28日

    手と足を使って学ぶ「組織コミュニケーション」:活動報告1/3~その1 葡萄祭でのメディア・コミュニケーション学科の展示物を作る~

    2019年度後期に行われた「組織コミュニケーション」の授業では、水俣病の原因企業であるチッソの労働者であるにもかかわらず、会社側につくのではなく、被害者である水俣病患者の支援を続けてきた新日本窒素水俣工場労働組合(新日窒労組)に焦点をあてました。新日窒労組の歴史を紐解くことで、労働者が一組合員としてだけでなく、企業城下町の地域住民として誰とどのような関係を築き、その関係構築のためにはどういったコミュニケーションがとられたのかを学びました。メディア・コミュニケーション学科で身に付けたデザインの知識を生かしたパネルや補足資料を作成し、葡萄祭当日の展示でプレゼンテーションも行いました。そこで何を得たのかが学生のコメントからうかがえます。また、熊本県水俣市でのフィールドワークのレポートからは、現地で学生が何をみて、それをどのように考えたのかがわかるはずです。ここでは3回に分けて、学生の活動の様子を紹介したいと思います。


    報告その1
    ​葡萄祭は、2019年10月12,13日に行われ、多くの人が訪れました。
    _A9D0273_191012_01.jpg

    1回目の報告は、その時にメディア・コミュニケーション学科のブースで展示した、水俣病を説明するパネルと石けんに関するパネル、またそれぞれの補足資料についてです。水俣病は、メチル水銀などの有害物質により環境が破壊されることで起こりました。その水俣病の教訓を生かすための取り組みの一つとして、環境にやさしい石けん作りが水俣では行われています。この石けん作りには、授業のなかで学んだ新日窒労組の元組合員が深く関わっています。彼らの技術がなければ、石けん工場の設備はできませんでした。また、石けんづくりのノウハウにも彼らの知識が生かされています。
     
    下記の写真は、その二つのポスターが展示してあるブースの様子です。約10日という限られた時間のなかで作ったとは思えない充実した内容になりました。

     
    sosiki.png

    ポスターの前に置かれている2種類の補足資料は、内容もさることながら、パワーポイントやイラストレーターを使ったデザイン性の高いものとなっています。資料の一部を載せておきますのでご覧ください。

    無題.png

    最後に、パネルや資料を作成しただけでなく、葡萄祭にも参加してくれた学生の声を聞いてください。
     
    "水俣病を知ろう"ということで、私たちは水俣病について調べました。今回の「水俣病を知ろう」のパネルは、水俣病を知らない人にどのように伝えれば理解してもらえるかを考え、Q&A形式で要点を簡潔にまとめ、水俣病発生のメカニズムをイラストで表現しました。葡萄祭当日は、たくさんの方がブースを訪れ、なかには水俣病についての意見を述べてくださる方もおられました。パネルを通して、水俣病について多くの人に知ってもらうことができたと思います。水俣病は二度と起こしてはいけません。私たち一人ひとりが未来の環境を考え、責任ある行動をしていかなければならないと強く思いました。(2年生 MNさん)
     

    水俣病は、海を汚染したことで起きた公害病です。私たちに関係のないことではありません。一人でも多くの人に水俣病について知ってもらい、二度と同じことが繰り返されないように自分の生活を振り返ってほしいと思い、「石けんがよかもん」のパネル作りをしました。 葡萄祭では、たくさんの方にパネルを見ていただきました。界面活性剤入りの洗剤と石けんの違いを知って驚かれる方や、石けんに興味をもってくださる方が何人もおられ、関心の高さを感じることができてとても嬉しかったです。石けんは、私たちにも環境にも優しいものです。普段の生活から環境問題を意識して、少し気をつけるだけで未来の環境を守ることができるのだと、パネル作りを通してあらためて感じました。(2年生 SKさん)



     

    2019年
    12月16日

    方言調査報告(大分県日田市天瀬町)

     10月、一泊二日で、方言調査のため大分県日田市天瀬町を訪れました。
     今回は地元の方3名にご協力いただき、各自が作成した調査表を元にインタビューを行いました。例えば、以下の例文を示して、天瀬の方言で表現してもらいます。


    共通語例文 
     明日は福岡に行くから、朝早く起きなければならない。
    天瀬方言  
     明日はね福岡に行くなきね、朝はよ起きなならんとばい。

     
    「〜から」が、「〜なきね」になるところは福岡と違いますが、語尾に「ばい」がつくことは福岡と共通点があると思いました。大分県と言えども、日田市天瀬町は福岡県に近いということもあり、福岡で使う方言がいくつかあり驚きました。このような調査表を元にした調査以外にも、楽しく会話を行う中で、自然な方言を聞くことができよかったです。
    調査が終わると、地元の方が観光名所の桜滝を見に連れて行って下さいました。他にも、地域の方による手作りのかかしが展示されたかかし祭りや、数えきれない程のお地蔵様が並ぶ高塚さん(高塚愛宕地蔵尊)を見学しました。見学する中でも、大勢の地元の方とお話させていただき、天瀬町の方言をたくさん耳にすることが出来ました。
     
    *感想*
     私は今回初めて天瀬町を訪れましたが、地元の方は皆さん優しい方ばかりで、とても楽しい方言調査となりました。
     共通点が少ないだろうと思っていたのですが、天瀬町は福岡県に近いということもあり、福岡でも使用する方言をたくさん天瀬町の方が話していて、驚きと嬉しい気持ちでいっぱいでした。また機会があれば、訪れたいと思います。(Aさん)
     
     天瀬町は涼しく自然豊かで過ごしやすい所でした。方言についての調査の他にご趣味のことなども楽しくお話を聞かせていただきました。
    福岡にいるだけでは知らなかったことや体験できていなかったこともあり、とても有意義な2日間を過ごすことができました。機会があれば、またお世話になった皆さんにお会いしたり、もっと観光したりしてみたいと思います。(Bさん)
     
     天瀬町の方は皆さん明るく優しくとても話しやすい方々でした。私の用意した調査表の内容だけでなく天瀬について、そして福岡について、楽しくお話ししたことで、より自然な現地の方言を体験することができました。自然も豊かでとてもいい場所でした。またぜひ訪れたいです。(Cさん)



     

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