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    人文学部 メディア・コミュニケーション学科

    人文学部 メディア・コミュニケーション学科Today 一覧

    2013年
    03月28日

    TV番組収録見学報告

    表現学科で開催している「社会人 特別授業」で特別講師をされています藤岡定先生(代表取締役anno lab)がNHKの番組に出演され、その収録を見学してきました。学科では例年同先生をお招きし、CGルームを利用して最新のコンピュータグラフィックス関連の動向について特別講義を実施しています。

     

            0328.jpg 収録風景(撮影:金藤)

    今回藤岡先生のご出演番組は「福岡発、デジタルアートの世界(仮)」で、解説員の中谷日出さんが、色々と福岡のデジタルアートを紹介する、という内容でした。実は福岡県は、ゲームなどに代表される日本のCGの最大集積地であると同時に、世界的にも有数の集積地であることをご存知でしたか?藤岡先生は福岡在住の代表的なデジタルアーティストとして紹介されます。番組ではいろいろな角度からデジタルアートと福岡県の繋がりが紹介されます。放送予定は3月30日NHK総合23:15~です。

    (報告:金藤完三郎)

    2013年
    03月26日

    教員コラム8 徳永至

    Column8 2013春 新学科が始まった 

    ~ ”ジイチャン先生” のツブヤキ…~ 徳永至

     

    民間放送から移ってきて8年目。去年65歳になって、役所から“前期高齢者”と呼ばれることになった徳永です。マスコミ系の科目の担当です。

    1947年(昭和22年)生まれの、いわゆる“団塊の世代”で、みなさんとは孫&祖父でもおかしくない年の差があるので、前年度受け持った表現学科1年Gクラスでは、"ジイチャン(Gチャン)"先生と呼ばれていました。

     

    メディア・コミュニケーション学科・一期生の皆さん、イラッシャイ!

    表現学科の先輩たち、新年度もよろしく!

     

    ところで、3月18日、大学近くの小学校の卒業式(正式には、卒業証書授与式)に出席しました。昔より校数が増えたからか、卒業生は2クラス67人でした。皆さんは、どんなでしたか?

    団塊の世代の私の場合、1954年(昭和29年)に小学校に入学してみたら、上級生は1クラス50人程度で1学年3~4クラスなのに、こっちは1クラス60人近くて7~8クラスもあります。教室に全員着席すると後ろに空きがほとんどなく、全校集会は、講堂をあきらめて、もっぱら校庭(当時は運動場と呼びならわした)で開かれました。1年生の暮れ、福岡県筑紫郡曰佐村が福岡市と合併し、学校が村立から市立になって紅白まんじゅうをもらったのも、寒さこたえる運動場でした。翌年春には、分校ができて半分近くいなくなり、“催しは何でも運動場”ではなくなりましたが、教室の狭さは変わりませんでした。

    戦争が終わった1945年8月15日を期して、“平和ニッポン”の再生に向かったころ、大人たちは戦時中に体力を使い果たしており、食糧不足と栄養失調にも悩んでいたはずなのに、僕たちが“平和の申し子”として大勢生まれてきました。乳児のうちに亡くなることも多かったといいますが、丈夫に産んでもらい、なんとか栄養を確保してもらったものが生きながらえ、しかも、還暦を過ぎた今日までこの人数存在するのですから、わが世代は、結構、心身ともにしぶといのだと思います。

    なんでこんなことを言い出したかというと、団塊の世代は、時間がもっとゆっくり流れていた“戦前的アナログ・ローテク時代”と、生まれてみたらカラーテレビがあって、あらゆるデジタル機器にすぐ馴染むことのできる“21世紀的デジタル・ハイテク世代”の仲を取り持つ者として、老後を過ごさねば!と思うからです。教壇に立つのだからなおさらだ…とも思っています。

    かつて私たちが就職、結婚する頃は、“核家族化の尖兵”というわけで“ニューファミリー”と持ち上げられ、戦後ニッポンの高度成長の終末期が“バブル”だとされたとたんに、“ニッポンをだめにした大バカ者たち”と酷評されました。大勢いるから、バカの含有率は他の世代と一緒でも、数では目立って多くなります。その代わり、才能豊かだったりリーダーシップが強力だったりする人物も、たくさん混じっていたはず。それなのに時々、納得のいかない扱いを受けては来ましたが、昭和30年台、僕らの小学生の頃の通学路には、田んぼや畑や豚小屋や鍛冶屋があり、普通に歩けば、子供の足でも15分ほどの道のりなのに、道草せずにはいられない“物や出来事”がいっぱいあったことを、そして、いつ今のような時代になったらしいかを、記憶が確かなうちに伝え残さねばならないと思っているのです。

    僕が小学生の頃、通学路の小川のそばの鍛冶屋は、「♪しばしも休まず槌打つ響き、飛びちる火花よ、はーしる湯玉…」という昔の小学唱歌のままで、火花が降りかかりそうなほど近寄ると、節くれ立って筋骨隆々のかじ屋のおじさんから一喝されるので、入り口付近にしゃがみこんでは、鋤や鍬が出来上がる様を飽きず見入っていました。そのそばの小川というのは田畑のための用水路で、田植えに向けて田んぼに水がはいると、黒胡麻入りトコロテンといった風情のカエルの卵があらわれ、オタマジャクシ、子ガエル、親ガエルと育っていく。ころあいに育った頃には、ため池のザリガニ釣りのかっこうの餌になり、時には、理科で実習したカエルの解剖の、あぜ道での再現に使いました…。また、自宅の集落の氏神様の境内には、数本のツバキがあり、花のあとの実の、かたい殻を割って種を収穫し、近所の椿油加工所に持ち込むと、子どもの両手のひらに山盛りで、たしか5円ほどの稼ぎになりました。

    こんな時代、福岡市の中心“天神ノ町”の岩田屋デパートの地下食品売り場では、イナゴやタニシの佃煮や、姿のまま真半分になったイノシシが、何のためらいもなく売られていました。

    いま思い出してもキラキラする時代のあと、田植え直後の田んぼに赤旗が立ち、全校朝礼で校長先生が「田んぼの赤い旗は、ホリドールやパラチオンという強い農薬をまいたしるしです。子供には特に害がありますから、そうした田んぼに、はいってはいけません。また、登下校のときは、急いで通り抜けましょう。分かりましたね!」などと呼びかける日がやってきました。そして、この頃から数年後、農家だった母の里にいた馬1頭と牛1頭が、相次いでいなくなりました。更に数年後、母の里の集落一帯は、福岡市の副都心再開発のための区画整理事業にかかることになり、母方の祖父が地域の役をしていた関係で、率先して農地を明け渡し、離農しました。再開発は、いくつかの汚職事件を生み、10年を越す時間をかけて副都心完成に至りましたが、田んぼや畑が広がり、はなたれ小僧たちが駆け回っていた頃の面影は、ほとんど残っていません。

     

    皆さんと皆さんの生まれ育ったところには、どんな思い出がありますか?

    人の食糧になる様々な者たちの生涯を知っていますか?

    TPPの問題をどう考えますか?

     

    世の中は、分からないことや知らないことに満ちていますが、教室やフィールドで一緒に思い出し、一緒に考えましょう。

    (徳永至)

    2013年
    03月19日

    春のたより

    門出と出会いの季節。福岡女学院大学の桜も、そのつぼみをひとつひとつゆっくりとほころばせています。

      0319-1.jpg0319-2.jpg 3月19日撮影

    この春、メディア・コミュニケーション学科もいよいよ始動です。

    現在、新入生のみなさんとの出会いを楽しみに・・・在学生やスタッフ、共にその準備を進めています。

     

      0319-5.jpg

    学科の事務室に用意されているこの段ボール箱。

    野球ボールにまつぼっくりと、いろいろなものが入っていますが・・・決しておもちゃ箱ではありません。

    新入生オリエンテーションの際に使用する、ある「素材」を集めるための箱なのです。

    オリエンテーションでは、学科の軸である、メディア・コミュニケーション・デザインという3つの視点から、私たちの日常生活との関わりをともに考えていくためのある催しを企画しています。そこで使用する予定です。

    その報告は、また改めて・・・

    みなさん。どうか素敵な春をおすごしください。

    2013年
    03月05日

    アジア国際美術展(タイ展)に作品発表

    第27回アジア国際美術展(タイ展)に作品発表 金藤完三郎

    ⟨展覧会は終了いたしました⟩

     

    現在タイ国で開催中の「第27回アジア国際美術展(タイ展)」で、私の作品1点(既定数)が展覧中ですので、記事を掲載いたします。

    この国際美術展は本展会期前に、アジア美術家連盟日本委員会が福岡アジア美術館で国内展覧会を開催し、審査を経て推薦された作品が本展開催国の展覧会で展示されるものです。本日、タイ国の展覧会セレモニー等に参加された日本委員会と関係者から展覧会の概要と会場の写真など、報告資料が届きましたのでご紹介いたします。以下は資料からの抜粋です。

    (報告:金藤完三郎)

     

                   0305-3.jpg 作品展示会場(向かって右が金藤作品)

     

    第27回アジア国際美術展はタイ文化省現代芸術文化オフィス、Bunditpatanashilpa美術研究所、Chulalong Korn大学芸術学部主催、アジア美術家連盟各国委員会共催により2013年1月19日(土)から3月22日(火)迄開催され、オープニング行事が1月17日(木)から1月20日(日)迄開催されました。

     

                   0305-1.png 開会式の様子(文化大臣) 

     

    オープニング行事は主にバンコクのラチャンダムニー現代美術センター(Ratchadamnoen Contemporary Art Center―展示)とツィンタワーホテルにおいて行われ、出品参加国は従来の日本(20人)、韓国(20人)、中国(17人)、台湾(27人)、フィリピン(15人)、シンガポール(17人)、マレーシア(13人)、ベトナム(1人)、台湾(15人)、タイ(65人)、モンゴル(15人)、インドネシア(6人)の12ヶ国地域231人231点に加えてKrabiで1月9日から17日迄行われたワークショップ(37人参加)への新たな参加国イラン、アフガニスタン、パキスタン、ブルネイ、ラオス、カンボジア、ミャンマー、インド、バングラデッシュの9ヶ国が加わり、合計21ヶ国地域となり、240作家の268点が展示されました。日本からは安永幸一アジア美術館顧問(日本委員会顧問)、宇田川宣人代表、堀尾紀之・光行洋子副代表、川野裕一郎(フォーラム発表者)塚本洋守(ワークショップ参加者)、見崎泰中、東義真、渡部須美子、堀尾くに子の各氏が参加されました。

     

                   0305-2.png

     

    開会式には文化大臣、閉会式には文化副大臣が出席するなど、タイ国を挙げての充実した文化行事となり、アジアの美術家相互の友好と親善を深めることができました。代表者協議会では、来年の開催は台湾、再来年はベトナムと決まりました。

    当地の報道の他、開会式について、翌日の西日本新聞に記事が掲載されました。

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