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    国際キャリア学部 国際キャリア学科

    国際キャリア学部 国際キャリア学科Today 一覧

    2017年
    07月18日

    チンタラーの南川先生観察日記39:先生とゼミ2017というお話(Lehrer und Seminar 2017)

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    先生が真剣な表情で忙しげに資料を確認している。「ゼミ」の女の子の研究計画書らしい。

    「ゼミ」と言ってもこれから始まる暑く長い夏の昼下がりに我々の微睡(まどろみ)を妨げ、さらに体感温度を上げる半翅目・頸吻亜目の昆虫のことではない。ゼミナールという授業のようだ。先生の話を聞くだけでなく、少人数で研究テーマに関する報告や討議、専門書の講読を行うことを基本とする授業で、どうもこの国の人間の近代的な高等教育が始まった際にドイツの影響を強く受けていたために、ドイツ語で呼ばれているらしい。Ach So!Gefunden!ふつうは指導する先生の名前を付けて、「○○ゼミ」と呼ばれることが多い。
     
    そうこうしているうちに女の子たちが先生の部屋に入ってきた。「南川ゼミ」の二期生たちだ。授業が始まると、先生は珍しく真剣な表情で話を聞いている。女の子たちは「南川ゼミ」で勉強し、論文にするテーマを先生に報告している。先生は時に優しく、時に鋭くコメントして女の子たちを導いている。既に「南川ゼミ」一期生の女の子たちは来年の就職に向けて「しゅーかつ」に臨んでいるが、二期生の女の子たちもこれから先生の背中を見て、社会に向け歩んでいくのだろう。
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    真剣かつ鋭い視線を投げかける先生 

    d03ec780[1].jpg先生も女の子たちもお話に一生懸命なあまり、小生への食糧供給を失念しているようだったが、ようやく一人の子が小生の存在に気づき、なすべき行動をとってくれた。昨年、同じようなオケージョンの際に古代中国の戦国時代の人物である郭隗が「どうすれば賢者を招くことができるか」と燕という国の王様(昭王:右図版)に問われたときに「まず私のような凡人を優遇することから始めて下さい。そうすれば優秀な人材が集まってくるでしょう」と応えたことからできた「まず隗より始めよ」という言葉をあげて注意を促したが、少しは効果があったようだ。Sehr nett!

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    ゼミの後、愛弟子たちに囲まれて一生懸命もっともらしい表情を保とうと努める先生

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    真剣かつ鋭い視線で先生の観察と分析を続ける小生:Ernst!

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    2017年
    06月23日

    チンタラーの南川先生観察日記38:先生と親友と「いんたーんしっぷ」というお話

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    先日、先生の姿が見えないと思っていたら、どうも南の国のタイ王国に行っていたようだ。

    タイはカンボジアと並ぶ先生の研究活動、国際貢献活動のフィールドであり、三十年来の友人であるクラセさんがいる国でもある。

    IMG_3312.JPGクラセ・チャナウォンさん(Dr. Krasae Chanawongse)は​タイで外務大臣や教育大臣などの重職を歴任した有名な方で、タイ東北部のコンケンの貧しい家庭に生まれ、苦学しながら医師になり、無医村(医師のいない集落)で活動した経歴を持つ人である。「貧困の根絶とすべての子供たちへの教育機会の提供」、同じ志を持つふたりは1990年には湾岸戦争が間近に迫っていたイラクに行き、サダム・フセイン大統領(当時)に戦争を思い止まらせようと説得するなど、世界史の教科書に載ってもおかしくないような活躍をともにしてきた間柄だ。

    今回のタイ訪問でも先生がバンコクに到着してまず訪ねたのはクラセさんだった。下の写真が会見の模様だが、元大臣と大学教授との会見というよりは、何かいたずらを考えている腕白小僧同士という感じである。

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    しかし、先生たちは決していたずらについて話し合っていたわけではない。協議のテーマは、先生のゼミ生の「いんたーんしっぷ」であった。クラセさんはバンコクに本部を置く国際的な防災対策組織であるAsian Disaster Prevention Center(ADPC:アジア災害防止機構)の理事長でもあり、先生は愛弟子であるネパールからの留学生で、国際協力を学んでいるD.Pさんにそこで「いんたーんしっぷ」を経験させるべく、わざわざ6時間のフライトで飛んできたのである。

    「いんたーんしっぷ」とは学生が企業や公的機関の現場で仕事を体験するものらしく、知行合一を唱える先生の所属する「がっか」では特に力を入れているようだ。親友同士の打ち合わせが順調に進み、D.Pさんがめでたく「いんたーんしっぷ」を経験できるようになったことは、アジア災害防止機構(ADPC)の本部でのもっともらしく、しかも得意そうな先生の姿をご覧になれば、おわかりいただけるだろう。
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     DSC_1274.jpgさて、いよいよ先生が大活躍する夏が来る。今年の夏も先生のスケジュールは別の親友の一族が経営するフィリピンのバギオ大学に留学する女の子たちの引率、カンボジアでの恵まれない家庭の子供たちへの教育支援、D.Pさんの「いんたーんしっぷ」のフォローアップ、高校生の女の子たちへの模擬授業など、すでに満杯状態である。忙しい燃える夏を前に親友と過ごした週末は先生の活力源になったようだ。右は空港に向かう先生を見送りに来たクラセさんとのツーショットだが、この満面の笑みに免じて、小生に何らお土産らしいものを持ってこなかった著しい配慮不足には今回に限り目をつぶってあげることにしたい。

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    2017年
    05月16日

    チンタラーの南川先生観察日記37:「Education First!アジアン雑貨店主南川啓一の挑戦は続く」というお話

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    IMG_2570.JPG前夜までの雨もあがり、絶好の五月晴れに恵まれた週末、先生の学校はとても賑やかだった。どうもアメリカという国から来た宣教師さんがこの学校を開いて132年目になる記念のイベントがあっていたようで、小生も見学に出かけた。写真はメイポール・ダンスで、冬が長いヨーロッパの北の国々では春の到来を祝うお祭りとして定着している。踊っているのは先生の学校の中学生の女の子たちで、今から101年前にやはりアメリカから来た宣教師さんでセーラー服という制服を初めて作った校長先生が始めたそうだ。

    さて、小生の研究対象である先生だが、このお祭りの最中、とても忙しそうに走り回っていた。早朝からアジアのいろいろな国から持ってきた雑貨や石けんが入った箱に囲まれながら作業をしていたかと思うと、お昼には即席のアジアン雑貨店を開いて販売していた。先生はそこで自らの研究活動の主なフィールドであるアジアの雑貨を来場者の方々に販売し、その売り上げを開発途上国の恵まれない子供たちの教育支援に役立てるようだ。

    多くの開発途上国が独立を果たした「アフリカの年」(1960年)から既に半世紀以上がたったが、いまだに多くの国が持続的な発展の軌道に乗ることができず、貧困ラインを下回る所得で暮らしている人々も多い。先生はその最大の要因を「教育」に見出している。「教育こそが貧困脱出の鍵」「教育こそが経済のテイクオフをもたらす」こうした信念のもと、先生は東南アジアの国の恵まれない子供たちへの教育支援をそのライフワークとしてきたのである。

    IMG_2562.JPGそういえば132年前にこの学校を開いたギールさんという宣教師さんも母国から遠く離れたこの国で多くの困難を乗り越え、勉学の機会のなかった女の子たちのために学校を作った気概のある女性だったそうだ。先生は常々、教え子たちに「今度は私たちが貧しさ故に学びたくても学ぶ機会のない人々のために何ができるかを考えるときだ」と語っている。そして、女の子たちもその志を継ごうと頑張っている。アジアン雑貨店でも先生のゼミの女の子が一生懸命手伝っていた。常に社会的実践と行動を伴う先生の教育は女の子たちを大きく成長させることだろう。

    IMG_3311.jpg「後進の育成」、それは「開発途上国の子供たちの教育支援」と並ぶ先生のライフワークであり、その生涯にわたって続く挑戦といえよう。Education First!小生も先生の信念に心から賛同するものであるが、少なくとも先生におけるプライオリティのSecondかThirdにはこの小生を位置づけ、最近、ご無沙汰気味のソーセージをちゃんと持ってきてくれることを祈念して、先生の学校の132年目の創立記念日に寄せる小生のご挨拶とさせていただきたい。

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    2017年
    04月28日

    チンタラーの南川先生観察日記36:「先生、感動の新学期」というお話

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    本当にお久しぶりです。
     
    先生の激動の1年を振り返るご報告をしたのが、昨年末なので実に4か月ぶりの報告となる。

    IMG_3310.jpg巻頭からいきなり言い訳のようで誠に恐縮ではあるが、これは決してこの4か月の間、小生が重要な研究課題であり、ライフワークともいえる南川教授行動観察・分析を怠っていたということではない。ご報告の遅れはひとえに小生とコミュケーションをとることができる先生の仲間が「会議や出張で忙しい」という理由で翻訳作業を怠っていたことによる。困ったものである。仕事というのは、予め工程表を作り、優先順位をつけて着実に取り組んでほしいものだ。当然のことながら、小生の研究成果の翻訳が優先順位の最上位に位置づけられるべきであることは申し上げるまでもないだろう。
     
    IC-0036.jpgさて、この4月は先生にとって特別な月であった。3年前に設立された先生の「がっか」が4年目を迎え、大勢の新入生の女の子が入学するとともに、1年生から4年生までが揃ったのである。4年生の女の子たちはきりっとしたスーツを身をまとい就職活動に臨み、3年生の女の子たちは専門のゼミ・クラスに分かれて専門分野を学び、2年生の女の子は海外留学などで英語力を高めている。そして、85名の1年生の女の子たちは先輩たちの背中を見て未来に向け歩み始めた。

    上と下の写真は海の見えるきれいなホテルで開催された新入生の女の子のオリエンテーションでの先生だが、満面の笑みのなかに「感無量」という思いがにじみ出ていると感じるのはこの小生だけだろうか。

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    そして、下の写真はオリエンテーションの翌週、昨年、バナナがおいしいフィリピンという国にあるバギオ大学に留学した女の子が先生のお部屋を訪ねて、研究課題について相談している様子だ。先生はさすがに「情熱と行動の人、南川啓一教授」だけあって、ただ文献を読んで論文を作成するだけでなく、実際に国際協力の現場を体験し、行動して学ぶことを重視している。先生は女の子からいただいたお菓子を頬張りながらも真剣にアドバイスしていた。

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    IMG_3311.jpgかつて王陽明さんは「知行合一」を唱え、内村鑑三さんは「なすべきことは労働である」と語ったが、これは先生とその「がっか」のポリシーにも通じる。国際協力と並ぶ先生の専門分野であるイギリスやアメリカの言葉で言うと、Deeds,not wordsと言えようか。確かにこの三人の「行動的思想家」「思索的行動家」の風貌にはどこか似たものがある(下:風貌比較画像資料参照)。今年度も熱く、優しい心で国際協力と後進の育成にまい進する先生の行動から目を離せない1年になりそうだ。
     
    画像資料:16世紀から21世紀にかけて東アジア地域で活躍した
    「行動的思想家」「思索的行動家」の風貌比較
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    2016年
    12月20日

    チンタラーの南川先生観察日記35:「先生、激動の1年を締めくくる旧友クラセ元タイ王国外相との再会」というお話

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    年の瀬も迫ってまいりましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
     
    思い起こせばわれわれチンタラー一門にとって今年は実にエポックメイキングな年であった。4月には南川啓一教授行動分析学の先駆者であり、数々の業績を残してきた先代が南の国に帰り、小生が二代目チンタラーを襲名させていただいた。それから約8か月、先代による先行研究の重みを感じつつ懸命に研究と執筆に努めてきたつもりではあるが、読者の皆様の期待に十分にはお応えできなかったことをこの場をお借りしてお詫びしたい。
     
    さて、今年は小生の研究対象である先生にとっても激動の1年であった。春には大勢の新入生の女の子が入学し、「うれしい悲鳴」をあげる一方、専門分野を研究する3年生の女の子の「ぜみ」も始まり、珍しく真剣な表情の先生を観察することができた(写真①)。この時には「知行合一」を旨とする先生と陽明学の開祖、王陽明の類似点を指摘させていただいた。

    写真① 青春:Professor Minamikawa

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    容貌比較資料 左:王陽明さん(1472年~1529年)  右:「鋭さ」と「やさしさ」をあわせもつ「ぜみ」での先生 

    研究室の裏庭に数十年に一度、咲くという珍しいリュウゼツラン(メキシコの国民酒テキーラの原料)の花が開いた夏(写真②)には、タイの大学から大勢のお客様を迎えたかと思うと、いつものように学科の女の子たちと一緒に「かんぼじあ」に渡り、恵まれない家庭の子供たちの教育支援に取り組み、さらに休む間もなくバギオ大学に留学する女の子たちをフィリピンに連れて行っていた。その子たちも半年の留学を終え、先日、無事に帰国してきた。

    写真② 朱夏:Caballero Minamikawa

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    IMG_1520.jpg秋は例年、最大規模のエネルギーと情熱を傾けるイベントである学園祭の運営と屋台の主人の仕事に燃え(写真③)、冬の足音が近づいた先月は再び「かんぼじあ」に渡り、ファーマーズ・ダイアログという国際学術会議に出席し、ジャングルの中にある現場を視察するとともに(写真④)開発途上国の持続可能な経済開発のための農業振興の重要性について世界各地からの有識者と議論を交わしてきた。
    写真③ 白秋:屋台店主 南川啓一


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    写真④ 玄冬:研究者 南川啓一​


    そして、その先生の激動の1年を締めくくる記念すべきイベントが先日あった。東南アジアを主たる活動のフィールドとしつつも世界中で活躍してきた先生にはいろいろな国にお友達がいるが、なかでも「無二の親友」といえるのがタイ王国で外務大臣や教育大臣などの重職を歴任したクラセ・チャナウォンさん(Dr. Krasae Chanawongse)である。ふたりは1990年には湾岸戦争が間近に迫っていたイラクに行き、サダム・フセイン元大統領に戦争を思い止まらせようと説得を試みるなど、まさに世界史に残る活躍をともにしてきた間柄だ。その大の親友、クラセさんが来日したのである
     
    IMG_2069.jpg写真⑤はクラセさんが先生の学科の女の子たちに講義をしている模様だが、さすが「類は友を呼ぶ」。自らもタイ東北部のコンケンの貧しい家庭に生まれ、苦学しながら医師になり、無医村で活動した経歴を持つクラセさんは、開発途上国、特に農村部の住民が置かれている現状と本当に必要な支援について、熱く熱く女の子たちに語り掛けていた(写真⑤)。先生も「まさに然り」という表情で聞き入っていた。この日は先生にとって激動の1年を締めくくる素晴らしい1日になったようだ。

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    写真⑤

    文末になってしまったが、この場をお借りして、来る新年が読者の皆様にとって素晴らしい1年になることを祈念するとともに、目元がどこか似ている大の親友同士のツーショットの映像資料を公開して、35作目となるこの南川啓一教授行動分析研究論文を締めくくりたいと思う。多謝。

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    写真⑥

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    小生

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