1885年から始まった福岡女学院の歴史は、一世紀以上にわたり、女子教育を積み重ねてきました。

福岡女学院とは

一世紀以上にわたり、女子教育を積み重ねてきました。

1885年から始まった福岡女学院の歴史は、多くの自立する女性を輩出することの積み重ねの上にあります。その歴史と伝統、そして私たちの想いをご覧ください。

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学院聖句とシンボルマーク

学院聖句
「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。」
ヨハネによる福音書15章5節
※「わたし」とはイエス・キリストのことです。
  • この言葉は、福岡女学院が1885年の創立からキリスト教に基づき、”神を畏れ、奉仕に生きる良き社会人としての女性の育成”を叶える上での拠り所としているものです。
  • 「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である」で述べられている『つながり』を大切にし、一人ひとりの人生が豊かに実を結ぶように全人教育を実践しています。
校章
 校章は、まわり三本の線が「十字架」をあらわし、信仰・希望・愛を三本の線で示しています。中のまるは「ぶどう」をあらわし、学院聖句に由来します。
 ぶどうの実が、ひとつにつながっていることから、私たちも一人ひとりイエス・キリストにかたく結びついて真の生命を得るという学院の願いを示しています。
福岡女学院の象徴 ー いかり
 冬制服の胸にある白い錨の刺しゅう。この錨は、信仰の証しを表した讃美歌280番第2節「風いと激しくなみ立つ闇夜も、みもとにいかりをおろして安らわん」の意味を示しています。
日本で最初のセーラー服

1920年頃

この制服の始まりは1920年頃。父母や生徒から、体操服として和服・袴で運動するのは不便で経費がかかるという声もあり、リー校長が委員長となり欧米各国の服装を調査し参考にしました。1921年にセーラー服の制服を制定し、1922年に着用、翌1923年から明るい空色ギンガムの半袖白の玉ライン、黒絹のネクタイという夏制服を着用し始めました。これが全国的に知れわたり社会的な要求もあって多くの公私立女学校が本校の制服をモデルとするようになったと言われています。制服に合わせてベレー風の帽子も設定され、スマートなミッションスタイルが市民の目を引いたそうです。

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