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Greeting Message
福岡女学院 院長あいさつ
Yoshiki Terazono
学校法人福岡女学院
院長 寺園 喜基

宗教改革の歴史のなかで、イギリスのジョン・ウェスレー(John Wesley)によってメソジスト派の教会が作られ、その後アメリカで大きく発展しました。そしてキリスト教を布教するべく日本に宣教師を派遣しました。そのなかの1人がジェニー・ギール(Jean Margaret Gheer)です。ジェニー・ギールは、日本の女性にキリストの教えと質の高い教育を授けるために、33歳の若さで遠くアメリカより来日し、1885(明治18)年に英和女学校(福岡女学院の前身)を開設いたしました。それから130年以上もの歴史がたちました。時代を拓くという元気な姿は今日でも福岡女学院のDNAの中にしっかりと刷り込まれています。それは、2016年8月、第11回全国高校生短歌大会(短歌甲子園2016)で福岡女学院高校が全国優勝いたしましたが、その時の決勝戦においてお題「火花」で生徒たちが詠んだ次の3首の歌の中からも知ることができます。
<先鋒> チャイム前 あと3秒だ!直すペン そろそろ飛び散る個性の火花
<中堅> 私にはできないなんて思ってる 自分に散らす 青い火花を
<大将>「 負けないよ!」 火花を散らす弟は まだまだ私にかなわないよね?
これらの歌において、自分と格闘し、挑戦し、成長する姿が見て取れると共に、また創立者ジェニー・ギールの勇気と行動力が、福岡女学院の学生・生徒たちに連綿と受け継がれていることも分かります。福岡女学院が歩んできた歴史は、そのまま、その成長の軌跡であるといえます。福岡女学院は、今まで、どのような課題に直面し、挑戦しながら成長してきたのか、その歴史をしっかりと確認しながらさらなる前進をはかりたいと思います。創立以来、変わることなく常に自分と格闘し、挑戦し、行動してきた福岡女学院の学生・生徒たちの元気な姿をどうぞご覧ください。

2017年9月
学校法人 福岡女学院
 院長 寺園 喜基
Outline of Archives
資料室概要
目 的 福岡女学院資料室は、福岡女学院の歴史に関する資料の収集・整理・保存・調査・研究を行い、
学院の教育・研究に資すること並びにその歴史と伝統を後世に継承することを目的とするアーカイブスです。
また、福岡女学院資料展示室では、本学院の生徒・学生たちに学院の歩みを学び理解を深めてもらうために、
そして、地域の皆様に広く学院の歴史を知っていただくために、学院の歩みを常設展示致しております。
業務内容 ◇ 資料の収集、整理及び保存
◇ 資料の展示、閲覧、貸出及び情報の提供
◇ 学院史の調査及び研究
◇ 学院史に関する出版物の編集及び刊行
◇ その他必要と認める事業
展示室・開室時間
月曜日〜金曜日 9時30分〜16時30分

※展示室は、どなたでもご覧になることができます。
※土・日・祝祭日、年末年始の休日、その他学院の休業日はご利用できません。

主な所蔵資料 ◇ 学内各部局・事務部等からの受領文書
◇ 退職教職員、卒業生(同窓生)等からの寄贈史資料
◇ 学内印刷物
◇ 新聞等の学校関係記事スクラップ
◇ 学院に関係する写真(人物・建物・構内風景等)、映像資料、など
スタッフ 井上美香子
資料提供のお願い 福岡女学院に関する、書類や印刷物、学院発行誌、写真、卒業アルバム、映像、記念品、生徒手帳、
大正期~昭和前期の制服・制帽などをお持ちでしたら、お知らせいただければ幸いです。
お問い合せ先 お問い合わせは以下にお願いいたします。
所蔵資料の閲覧を希望する方は、事前にご連絡をお願い致します。
〒811-1313 福岡市南区日佐3-42-1
福岡女学院 総務課 資料室
Tel.092-581-1492(学院代表)
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Founder and History
創立者と歴史
創立者ジェニー・ギール
創立者ジェニー・ギール
ジェニー・ギール(Jean Margaret Gheer)は、1846(弘化3)年11月13日にアメリカペンシルベニア州ベルウッドで生まれました。師範学校を卒業し公立学校で教師を経た後、1879(明治12)年11月に婦人外国伝道会の宣教師として来日しました。当時、アメリカメソジスト監督協会の九州の拠点は長崎にあり、宣教師エリザベス・ラッセル(Elizabeth Russell)の協力者としてギールは長崎の活水女学校の創設に努めていました。その頃、福岡ではメソジスト教会として美以美教会が開設、女子の学校設立を望む声が高まっていました。こうした要望を受け、ギールは事情調査のため1885年4月から5月にかけて来福、6月15日に呉服町の福岡美以美教会仮会堂でキリスト教による英和女学校(後の福岡女学院)を開設致しました。英和女学校初代校長を2年間勤めた後、健康上の理由により帰米しましたが、本学院の設立をはじめ福岡や長崎の女子教育の創設と発展に尽力しました。
福岡女学院の歴史
福岡女学院の歴史
福岡女学院の創設は、1885(明治18)年の英和女学校の創立にさかのぼります。設立当初は生徒数わずか25人程度の私塾のような存在でしたが、1888年に正式に学校としての認可を受けました。1903年には、小学科・予備科・初等科・高等科の教育体系の確立と裁縫専科および音楽科の併設、1910年には英文専門科が設立されるなど、教育内容も充実していきました。1873年に幕府によって禁止され続けてきたキリスト教がようやく解禁されましたが、260余年もの長い間その信仰を許されてこなかったキリスト教に対する世間の風当たりは依然として強く、人々の理解を得ることは容易ではないなかでの開学でした。その後も、1899年には文部省訓令第12号によって宗教教育が禁止され、第二次世界大戦下にはキリスト教への弾圧がさらに強まりましたが、日々の礼拝を欠かさずキリスト教主義の学校としてその精神を守り貫きました。なお、1921(大正10)年に日本ではじめて女子の制服としてセーラー服を採用、そのデザインはほとんど変わることなく今も学院のシンボルとなっています。
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福岡女学院に関する書籍
◇『徳永ヨシ その生涯と思い出』
(徳永ヨシ伝記編集委員 学校法人福岡女学院 1960年)
◇『ミス・ダイヤモンドとセーラー服 エリザベス・リー その人と時代』
(古川照美・千葉浩美編 中央公論新社 2010年)
◇『凛として花一輪ー福岡女学院ものがたり』
(徳永徹 梓書院 2012年)
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